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車いすの看護師さん、あらわる。

 お久しぶりです。私は1週間ほど熱が出て寝ていました。記憶が飛んでしまい、ヘルパーさんたちにケアの指示がうまくできないこともあり、ちょっと混乱しました。やはり病院の医師も看護師さんたちも、治療とケアはどう違うのかをわかっていないところがあり、私は老人ホームに住んでいるか家族の世話になりながら生きているというイメージをもたれていたようです。

 カテーテルというものをつけました。病院からは、カテーテルを固定するばんそうこうの貼り方まで伝えてくれませんでした。秘書のことを身内だと思っているようでした。このことはどこへ行っても言われますから、しょうがありません。重度の障がいをもつ66歳の私が、一人で暮らしているというイメージがわかないのです。まだまだ障がい者の生き方をわかっていない人が多いことを認識しました。 >>続きを読む

斉藤りえさん、心より祈っています。

 今日、期日前投票に行ってきました。全国区はたくさんの方々の名前があり、読みにくかったです。眼鏡や老眼鏡をもって選挙に行ってほしいと思います。私は手が使えないので、選挙管理委員会の方に書いていただきましたが、その人も虫眼鏡で『斉藤りえ』さんを探して、やっと書いていました。『斉藤りえ』と赤い字で書いていきたかったです。

 私は毎日、りえさんが国会に行けることを心より祈っています。上の写真は、斉藤りえさんが私に送ってきてくださった本です。皆さんもお読みになってください。 >>続きを読む

自分を分析してみたとき

 今日は静かな事務所の中で、秘書の林さんに本を読んでもらっている。しかし本を読んでいるうちに、子守歌のように聞こえて心地よくなり眠くなってしまう。私は本を読むことより、書くことのほうが多いような気がする。子どものときから「みちこちゃん、本を読みなさいよ」と何度言われたかわからない。

 リーディングサービスという、本や新聞などを電話でなんでも読んでくださるボランティア団体がある。若き日は足で新聞を開き、どこを読んでいただくかチェックをし、電話をかけて新聞を読んでいただいていた。本も、テープレコーダーやCDに録音してもらって聞いている。でも私の性格上、書きたいことが多すぎて、なかなか読み聞きすることが少ないことが欠点だと思っている。

 事務所で、昨日お土産でもらったクッキーを1人3個ずつみんなで分けて食べた。とても美味しそうなクッキーだったので、(手が使えたなら冷蔵庫に頭を入れて、一人でむしゃむしゃ食べたかもしれない)と想像してしまった。(なんて性格の悪い女なんだろう)と思った。 >>続きを読む

エレベーターは私たちの宝ものです

 G20の夕食会の場で安倍首相が「大阪城にエレベーターをつけたことはミスだった」と、ジョークで語ったそうだ。世界のトップたちの前で笑えないジョークを言ってしまったことは、安倍首相の大きなミスである。

 安倍さんは今後どこに行くときも、エレベーターを使わず階段を使い移動してほしい。エレベーターがどんなに便利が良いかわかっていないからこそ、そんなジョークが出てくるのだろう。

 1972年に札幌オリンピックをおこなった時、札幌の地下鉄ができた。しかし恐怖の階段があり、私たちが地下鉄を乗るためには、命がけで駅員さんに車椅子を抱えてもらい上り下りしなければいけなかった。ちょっと口の悪い一人の友達から、「小山内さん、地下鉄の階段から落ちて死んでくれ。」と言われた。「えっ、なんで私が死ななきゃいけないの?」と言うと、「小山内さんはちょっと有名だから、地下鉄の階段から落ちたというニュースが流れれば、あわててエレベーターをつけてくれるかもしれないよ。」と言った。私は(なるほどな…。)と深くうなずいてしまった。 >>続きを読む

斉藤りえさんは国会を大きく変えます

 

 6月29日、参議院議員選挙に立憲民主党から出馬を決意された、斉藤りえさんとお会いすることができました。私は、聴覚障がいのある方が国会議員になるということはとても頼もしいことであると考え、ゆっくりと障がい者たちの意見を聞き、国の決まりを変えていってくださるのではないかと期待しています。

 斉藤りえさんはとても美しくて、一緒に写真撮るのはちょっと恥ずかしかったですが、私の話をよく聞いてくださり、「時々お会いし一緒にやっていきましょう」と優しくおっしゃってくださいました。

 国会にはいろいろな障がい者がいるべきだと、私は思っています。絶対に当選していただきたい方です。皆さん、斉藤りえさんは障がい者たちの未来の生活を変えていける方です。ヘルパー不足や障がい者雇用の問題も具体的に伝えていき、国会答弁をしてほしく思います私の夢です。障がい者として子育てをしてきた同志です。どんなに重い障害をもっても、恋愛・結婚・出産をしてもいいのだということを、訴えてほしいと思います。 >>続きを読む

『ろうか』に感謝します。

 

 スタッフの皆さんからいただいた花束です。花の間に氷を入れたり、長持ちする薬を入れています。とても心が踊ります。ありがとうございます。 >>続きを読む

生き地獄を失くしていくための知恵をください

 6月4日の夜、NHKの『クローズアップ現代+』を観た。老人ホームの実態が映されていた。当直の際、60人の高齢者に対し職員が3人だという。うち2人は外国人であり、1人だけ日本人であった。職員の少なさに、私は驚いた。1人の職員の周りにたくさんの高齢者がいて、職員はご飯を食べさせたりトイレを手伝ったりしていた。高齢者の中には、なかなか来ない職員に対し腹を立てている人もいた。ああいう環境の中で冷静なケアはできない。人間の生きられる場所じゃないと思った。でもこれは現実なのである。

 今の40・50・60代の人は、20~30年経つと、あのような生活をしなければならない。私も(ヘルパーさんが来なくなってしまったら、老人ホームにでも行こうかな)と思うときもあるが、ケアをしてくれる職員があまりにも少ないので、生きた心地がしないだろう。『生き地獄』といっても過言ではない。 >>続きを読む

安楽死とは・・・

 6月2日NHKスペシャルで『彼女は安楽死を選んだ』という、重い課題の番組が放送された。安楽死を選んだ彼女は40代の方で、重い難病を抱えていた。テレビで映された時は、パソコンを手で打ち話ができ、電動車いすで歩いていた。(なぜこのような、まだ障がいの軽い人が安楽死なの?)と、テレビを見ていて泣けてきた。

 彼女は英語ができ、アメリカの大学で勉強していた。「障害が重くなってきたら、オムツを取り替えてもらっても私は『ありがとう』と言えないの。」という彼女の言葉に、私は胸にナイフを刺された思いがした。

 (わかるなぁ。)と思った。『ありがとう』という言葉を言えなくなることは、私たちにとって辛いことである。私は1日に何回『ありがとう』という言葉を使っているだろうか。『ありがとう』という言葉で足りなくなったときには、『すみません』と言う。(『すみません』という言葉があって、良かったな)と安どするときがある。肩や首が痛い時には、本当に生きていることが辛くなる。 >>続きを読む

帝王切開の傷から涙が…

 大病院の色々な科を回って歩いていると、様々な医師や看護師たちに出会う。最近はお腹が痛いので、お腹を見せることが多くあり、看護師さんたちは私のへその下の傷を見つけ、「この切った痕はなんですか?」と何度も聞いてきた。私は自慢げに「帝王切開の痕です。私には子供が一人いるんです。」と言うと、医師も看護師も「あ!そうだったんですか!」と驚きの表情を浮かべる。私のお腹の傷は、勲章のようなものだ。

 私のような障害の重い者が出産するなんて、まだまだ医療関係者の多くは知らない。子供がいると聞くと、ほんのちょっとだけ敬語を使って話しかけるようになる。悲しい勲章だ。

 そういうことを考えている時、旧優生保護法の裁判の判決が下り、「法律は違憲だった」とするも、「国が違憲に対して保証する必要はない」「手術から20年の『除斥(じょせき)期間』を過ぎて、損害賠償を請求する権利が消滅した」と判断し、国が和解金として320万円を支払うこととなった。しかし、まったく納得がいかない。

 私は優生保護法という法律を知らないまま、子供を産んだ。誰も教えてくれなかったから良かったのかもしれない。私の息子は34歳になる。「20年経ったから」というのは言い訳でしかない。親や施設の職員に「子供を産んではいけない」と言われていた人もいた。 >>続きを読む

もう聞きたいことはないですか?

 私は今、病院のはしごをしています。皮膚科と形成外科と泌尿器科に通いつめて、検査をしたり爪をはがしたり色々な治療をおこなっています。痛み止めは毎日飲んでいます。病気になるのは慣れていますが、やはり病院の医師や看護師や放射線技師の人たちの、話しかけてくる言葉にちょっとイラつくことがあります。

 私の血管は細くて、注射をすることがとても大変です。看護師さんたちは「痛いの痛いの?もうちょっとだから、ガマンしてね。」と、5~6歳の子供に話しかけるように言うのです。私はもう歳ですから、(お年寄りにこのように話しているのかな?)と、いろいろ考えます。言葉はとても難しいです。

 医師と患者は、対等な人間として語り合うことが大切です。今、診てくださっている女医さんたちは、私に向かって普通に語りかけてくださることが嬉しいです。前にいた若い医師も、病気の検査のことを丁寧に話してくださいました。聞いたことには何でも答えてくださいました。そして最後に「もう聞きたいことはありませんか?」と、優しい口調でおっしゃったのです。(あぁ、この先生は神様だ。歳をとってもこの精神を忘れないでほしい。)と、祈る思いでした。「もう聞きたいことはありませんか?」と言ってくれる医師は、なかなかいないのです。「じゃあ、またね。」で終わります。 >>続きを読む