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カラオケは薔薇色でした

 待ちに待ったカラオケに行ってきました。歩ける方たちは、ちょっとした時間とちょっとしたお小遣いがあれば、カラオケには簡単に行けるでしょうが、私は仕事に疲れたりヘルパー調整がうまくいかないときは、簡単には遊びに行けません。時折なんのために働いているのかな、と感じる時があります。でも、常に目標をもって楽しく生きることが、私の仕事だと思っています。6か月間くらいでしょうか、毎日「カラオケに行きたい」と呪文のように唱えていました。カラオケ屋が私にとっては遠い外国のように思えたからです。

 ついに先週、秘書が昼間ケアに入ってくださったので、「小山内さん、カラオケに行きましょう!」と威勢よく言ってくださいました。私はその言葉が太陽を浴びているような感じがしました。「行く!!やっと行ける!!ばんざい!!!」と叫びました。2人で行っても楽しくないので、ヘルパーさんといちご会のスタッフを誘いました。ヘルパーさんとは個人的に付き合ってはいけない、などといううるさい決まりがあり、友達になりにくいのです。でも、たまには同じ人間として割り勘でカラオケに行った方が、ケアもうまくいくのではないかと思います。 >>続きを読む

幸福への道

 北の街札幌にも春がきた。隣の家の花壇にクロッカスの花が咲いてきている。黄色やオレンジや紫…と色あざやかだ。20年くらい前までは、左の足指で絵を描いていた。(あのクロッカス、描きたいな)と心がうずく。私はたまに絵を描いている夢をみる。今は動かない左足で描いている夢である。絵を描きたいな、と思った時には必ず左足の指が反応しているようだ。神経と脳はつながっているのである。なんとかもう一度絵を描きたいなと思うが、あまり無理をすると首が痛くなるので、我慢するほかない。出来ていたことが出来なくなることは、つらいことである。でも私は、足で絵を描けなくなったが、こうして秘書に口述筆記をしていただき、街の景色や自分の生き方を絵に描いている。そういうことが嬉しくなる。 >>続きを読む

IQって何だろう?

 4月5日17:45からフジテレビで放送した優生保護法についての特集番組が、とても良かったです。70歳の障がい者女性が、国の命令で不妊手術をさせられました。今は亡きお父さんが、直筆の手紙で「国の命令だから不妊手術を受けさせるほかない」と書き残していました。そのお父さんはとても無念だったと思います。

 70歳の女性はこれから裁判を起こし訴えると言っていましたが、彼女もだんだんと障害が重くなってくるでしょう。裁判などおこなわないで、不妊手術の証拠があったなら、国はすぐに賠償金を払うべきだと思いました。少しでも若いうちに彼女は色々なところへ旅に行ったり、やりたいことをなんでもやってほしいです。「生きていて良かった」と彼女が心から喜べる瞬間があったならいいと思います。

 彼女はちゃんと話せていたのに、知的障がい者だと言われていました。IQの計り方がおかしかったのだと思います。言語障がいがあったり文字を書くことが遅かったりすると、IQが低くなってしまいます。私も子供の時から知的障がい者とされ、IQは60と言われていました。 >>続きを読む

言論の自由を手にしなければ…

今日の夕方17:45ごろに、フジテレビ『プライムニュース イブニング』の優生保護法問題の特集に、また私が出ます。

時間のある方は見てください。

明日の生活があるので、強制不妊手術を受けてしまった人たちの声は、なかなか少ないようです。

障がい者たちは未だに施設や作業所に囲まれており、一般の人たちと出会う機会が少ないですね。いろいろな人と出会い友達や恋人が見つかることが、優生保護法問題の解決方法なのです。若い人たちも社会から、目に見えない心の強制不妊手術を受けているように思います。

マスコミに訴えることにより、すぐに幸福を手に入れることができるのなら、すぐにみんな本当のことが言えるでしょう。不安と痛みを抱えた人たちも歳をとってきて、本当のことを言える力が失われてきているのではないでしょうか。地域でヘルパー制度を受け一般の会社で働けたなら、言論の自由を手に入れることができます。

優生保護法を具体的に伝えてどう思うのかを、障害のあるなしに関わらず若い人たちに意見を聞いてほしいと思います。討論会をおこなってみたいです。その中から、怒りや悲しみや幸福が生まれてくるのだと思います。

幸せはふたたびやってくる

 年度が変わり、人々は新入社員になったり違う職場に就いているのでしょうか。前にも書いたように、いちご会には4~5人のヘルパー候補の方がやって来ました。これは奇跡です。みんな働いてくださるかはわかりませんが、今のところ力強い人ばかりです。

 去年はヘルパーさんが2人、都合があり辞めていきました。そのことが大きく生活に影響していきました。毎日のように(ヘルパーさんが来ますように)と祈っていました。プロテスタントの教会にまで手紙を書きました。あとはやることないかな、と考えていた3月の終わりごろ、事務をしてくださっているスタッフが求人票を出してくださり、そのタイミングが良かったと思います。深く感謝しています。

 このままヘルパーがいなくなり、私は生きていけるのだろうか、グループホームか施設へ行かなければいけないだろうか、とまで考えました。そこまで悩む時間はもったいないように思いましたが、でも今、新しい人が来てくださりケアを教えていると、悩んだ時間は決して無駄ではなかったと思いました。悩んだからこそ、新鮮な手にエネルギーと喜びを強く感じるのです。 >>続きを読む

春風が連れてきた幸せ

 最近、ヘルパーの求人を見て応募してくださる方が少しずつ来てくださっています。1年間ぐらいヘルパーが来なかったときもありました。雪どけになり、春が近づこうとしているときに、新しいヘルパーさんが現れることは心があたたかくなります。今日は37年前にボランティアで来てくださっていた、当時15歳の少女だった人が、突然現れました。名前を聞いても顔を見ても、残念ながら思い出せませんでした。でもその人は、私のことをよくご存じでした。嬉しいことです。あきらめないで何かかにか動いていることが、大切なのかもしれないと思いました。

 テレビや新聞の取材に、疲れて倒れるくらい受けていましたが、なにか良いことが起こればいいなと、これを見てヘルパーに来てくださる人が現れればいいなと思って、がんばる他ありませんでした。取材を何度断ろうと思ったか、わかりません。しかし、なにかを訴えることが私たちの仕事です。訴えることが、ヘルパーさんを1人でもゲットできるチャンスになるかもしれません。これから、いちご会に来たヘルパーさんへケアを伝えていき、1人でも多くのヘルパーさんが私たちの手足になってくださるようにしたいと思いました。

 まだ冷たい春風ですが、幸せは待っていても来ないということを、今日来てくださったヘルパーさんに教えていただきました。

黒い砂

 雪道をすべらないためにまいた黒い砂が今、雪が溶けて風に舞って私たちの目やのどを痛めている。一瞬便利のいいものを人間は使ってしまうが、そのツケは必ず回ってくるようだ。無人運転自動車もその一つ。人間の運動神経によりは良いかもしれないが、事故が起こった時を考え細かな法律を作らなければ、使ってはいけないと思う。それらのことを示しているのが、原発だろう。

 原発は便利が良いと、人間はすぐに使ってしまった。しかし災害が起こり、建物が壊れてしまうと、放射能が広がり人間の命を奪う。これからは科学も医学もどんどん進んでいく。失敗してもすぐにストップをかけられるものしか使ってはいけないと、私は思う。義手として使うロボットの精密な指の動きは、見ていて惚れ惚れする。あの手が欲しいなぁと独り言を言ってしまった。しかしあの手は、脳の運動神経が正しく動かなくては使えない、とテレビで説明していた。がっかりした。 >>続きを読む

ピンクの綿帽子

 2~3日前は東京で桜の上に雪が積もっている映像がテレビで流れ、(なんてステキな光景だろう)と心が惹かれました。若い女性がはにかんで、綿帽子をしている姿のように見えたからです。はやく札幌にも桜が咲かないかな、と待ちわびています。

 昨日は、いちご会のスタッフが結婚したので、ささやかなタコ焼きパーティーを行いお祝いしました。ご主人になった人は転勤をして地方へ行ってしまい、彼女は札幌で働きます。彼女が地方に行ってしまうと、ヘルパー不足でケアステーションが回っていかないからです。(よかったね。幸せになりなよ。彼についていきなさいよ)と言いたいですが、その言葉が言えない現実が腹立たしいです。ヘルパーが見つかり、彼女が何回も彼の元へ行けるようになればいいな、と思っています。

 今は女性も社会進出しています。専業主婦はいなくなってきているのです。私の友達は、東京まで定期的にお孫さんの育児に通っているそうです。結婚しても同じ場所に住んでいない人たちも増えてきているようです。結婚の形は少しずつ変わってきています。時々会う方が、愛を育てることができるのかもしれません。 >>続きを読む

まっすぐに生きてきたことが大切

 今、いちご会では、いちご通信200号の制作に取り組んでいます。特集記事として、過去0~199号までの通信の中から、光る記事を抜粋してまとめます。誰がレイアウトしたかわからない原稿や、誰が描いたのかわからないイラストもあり、謎めいたいちご通信です。200号ですが、通信は0号から始まっているので、5月に出るいちご通信は本当は201号なのかもしれません。

 0号の原稿で、福祉村への夢を語っている若き日の私たちにはバイタリティがあり、心が燃えていました。思いついたままにすらすら書いている当時の原稿を見て、今の私より輝いていることに気がつきました。64歳の私には、透き通ったような美しい原稿は書けなくなっているように思えます。(誰かに褒めてほしい)(美しく書きたい)などと欲張った心で書くので、あまりおもしろくなくなってきているな、と感じる時があります。それが人間にとって歳をとるということかもしれません。間違ってもいいから、恐れず思ったままのことを書いていきたいです。 >>続きを読む

畑から生まれたマグロ

 30代前半の頃だったでしょうか。母はうれしそうな顔をしてスーパーから帰ってきました。「あのね、今日はとても美味しいものを買ってきたんだよ。一緒に食べよう」と言って、くすんだグリーン色の果物か野菜かわからないものを取りだしました。包丁で周りをぐるりと切り、実をひねるとパカッと割れて大きな種が出てきました。種を取り、母は醤油とワサビを入れてスプーンで混ぜ、食べさせてくれました。「これ、なぁに?今まで食べたことのないものだね。でも美味しい!」と母に言うと、「これはね、アボカドと言って、畑のマグロとも言われるんだよ」と教えてくれました。その日から私はアボカドの大ファンになりました。母はどこから見つけてきたのでしょうか。息子の分もとっておきました。「母さん、これはお酒に合うね。これからマグロは買わなくてもいいかもしれないね」と言うと、母はちょっと困った顔をして、「マグロとアボカド、どっちが安いのかね?」と首をかしげていました。 >>続きを読む