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ほほえみ返し

 秋は大学の講義が多くあり、楽しみでもあり厳しくもあります。私は言語障がいが少しずつ重くなってきているので、学生さんたちに伝わっているかどうかが心配になります。時には職場介助者の林さんに、私が話した言葉をパソコンで打っていただき、スクリーンに表示させます。それが一番安心な講義のやり方だと思っています。でも言語障がいの言葉を一生懸命に聞こうとする学生さんたちの姿が可愛くも思えます。

 昨日は北海道医療大学に行き、講義の前に向谷地先生の部屋に入ると可愛い女子大生がいて、私が話しかけると自然に答えてくれました。そのことが嬉しくて、彼女に「札幌いちご会で働かないかい?」と言い、仕事の内容を少し話しました。『ヘルパーが来ない』となげいていないで、自分から学生さん一人ひとりに声をかけていくのは、大切な私の仕事だなとあらためて考えさせられました。 >>続きを読む

まだまだケアを受けるプロにはなれません

 カテーテルのことは、もうブログに書いてはいけないと思っている。が、カテーテルのケアを受けてわかったことは、基本的にケアを『あなたまかせ』にしてはいけないということである。

 管を肌にテープで固定する位置も、同じ位置にばかり貼って肌を痛めないように、太ももやお腹や腰など変えていかなければならない。そこで私は、一週間のスケジュール表をつくり、曜日ごとに「右の太もも」「右のお腹」「へその下」と書き、それを見てヘルパーさんに指示している。

 おすそからテープで押さえるまでの管のたるみ方が、一番難しかった。ゴルフボールを通らせたりもしたが、最近は「ヘルパーさんの指4本が入ればいい」という答えが出たりしている。ただ、ヘルパーさんによっては指が細い人や太い人がおり、これも100点の答えとは言えない。でもヘルパーさん達も一緒に考えてくださるので、頼もしく思う。

 結局、シャワーチェアの前にお風呂の鏡があるので、鏡をみながらカテーテルの管を固定する位置を指示すれば、上手くいくようになった。やはり、してもらうだけの考えでは絶対にうまくいかない、ということをあらためて感じた。 >>続きを読む

痛みの中で感謝する

 私は去年から膀胱の調子が悪くなっている。どこに行く時も障がい者用トイレがあるかどうかをまず考えてから、動かなければいけない。最近はカテーテルというものをあてて、管から尿を出している。(トイレに行かなくてもよいから安心かな?)と考えていたが、まったく違っていた。ちょっとの動きで管が折れ曲がったりよじれたりすると、尿が止まってしまう。膀胱に入れている管の先にあるバルーンは、小さな風船のような形をしていて痛くないように見えるが、ちょっと位置が変わると痛くて悲鳴をあげたくなりそうになる。

 ヘルパーさんが10人くらい来てくださっているが、カテーテルのことを言葉で伝えるのには限界がある。首が緊張しすぎて不随運動が起きてしまい、下を向けなくなってしまうため、管を固定するテープの貼る位置を指示できない時もある。言葉だけの引継ぎでは限界があり、やり方を覚えたヘルパーさんが次に来たヘルパーさんに伝えることが大切だ。ケアが複雑になってくると、ヘルパーさん達に辞められるのではないかという不安にかられる時がある。しかし私がパニック状態になっても、ヘルパーさん達は落ちついて色々言うとおりに動いてくださるので、ありがたく思っている。 >>続きを読む

カテーテルは大変です

 最近の私は2か月間ほど、病院に通勤しているような錯覚におちいっています。カテーテルというものをつけてから、いろいろなことが毎日起き、ヘルパーさん達にどう言葉で教えようか考えてしまいます。

 カテーテルの付け方が日によってどんどん変わってきています。私の首は緊張して下を向くことができません。看護師さんから説明を受けるのですが、見えないのです。ヘルパーさん同士でやり方を伝えていくバトンタッチ方式ならよいのですが、何時間かヘルパーさんがいない時間があるので、また一から私が言葉で教えなければいけません。

 ある日の夜中にカテーテルが詰まってしまい、胸から下のお腹全体が痛くなり、どうしようもなくなりました。同じマンションに住んでいる訪問看護師さんに来ていただき、カテーテルを取り替えていただきました。朝方の4時ごろからようやく少し眠ることができました。

 今は夜になると怖いです。やはりもう私は障がいが重くなり、ヘルパーさんがバトンタッチ方式に来て頂く形にしないと生きていけなくなってきています。(早く天国にいきたい)とやけっぱちになる時があります。(いやいやダメだ。ヘルパーさん達が真剣に来てくださっているのだから、グチを言ってはいられない)と考える日々を過ごしています。 >>続きを読む

心のバリアフリー

 日々、悔しいことやちょっと悲しいことがあっても、車いすの2人の議員についての国会のニュースを見ると、嬉しくなり心がワクワクしてくる。2人の国会の中でのヘルパーの費用を参議院が特別に出すということになったが、参議院のお金も国民の税金だろう。私たちが受けている重度訪問介護サービスと同じお金だと思う。ヘルパーが家の中の介護だけでなく、国会へ行き秘書をする姿はかっこいい。ただただ家の中で、身の回りのことをしたり黙って見守りをしているだけでは、ヘルパーの人口は増えない。どんなに障がいが重い人でも働きにでかけ、ヘルパーさんの手を借りながら働いて、いろいろな人に出会えることにより、障がい者自身だけでなくヘルパーという存在も変わってくると思う。2人はとても明るい未来をつくってくださったと思う。働くケアは最高の手段だ。 >>続きを読む

明日は我が身です

 れいわ新撰組の大旋風が起こっている時に、札幌市東区で35歳の男性障がい者が24歳のヘルパーに殺されてしまった。話しかけることも抵抗することもできない人を殺すなんて、考えられない。犯人の周りにいた人たちは、犯人について「評判が良かった」と言っている。評判とはなんなのか。

 交代で行っているヘルパーさんたちは、男性障がい者の体のチェックをしていなかったのだろうか。以前から叩かれた跡があったという。そのことを誰かが言わなければ、重度障がい者が地域で一人暮らしできても危険であり、どんな障がい者でも明日は我が身だと考えなくてはいけないと思う。叩かれた跡があっても、他のヘルパーが疑問に思わなかったことが重要視される。二度と起こしてはいけない事件だというが、これから在宅でも障がい者が殺される幕開けだろう。ヘルパーさんが不足しているので、雇用する側は人材をよく選んでいる暇はない。来た人誰でもすぐ雇わなくてはいけない。 >>続きを読む

歴史がちょっと動きます

 参議院選挙で応援していた斉藤りえさんは、ちょっと票が足りなくて悔しい思いをしているでしょう。でも彼女はきっと、この悔しい思いを良い方向に考えていき、また立ち上がりなにかを始めることでしょう。美しいほほえみの中から、彼女の強さを感じています。

 重度障がい者が2人、国会議員になりました。これはすごいことです。いろいろなケアを受けなければいけない人たちが、自分の経験をふまえた意見を国会で述べられるのです。どんな国会議員より説得力があると思います。国会も段差や階段をなくしたり、答弁するテーブルを低くしたり、様々な配慮をおこなわなければいけません。それを健常な議員たちが目の当たりにしてどう感じるか、日本の福祉の在り方を変えなくてはいけないと思うかどうか、なのです。とにかく2人の勇気には心から感謝します。体力が心配ですが、精いっぱい国会で障がい者支援について話してください。

 私は病院に行き、重度障がい者が在宅でどんな生活をしているか、医師や看護師はイメージできていないことを知りました。医療関係者こそ、大学の実習のときにホームヘルパーの仕事をやるべきだと思います。医師や看護師はえらくてヘルパーは下の仕事、という概念は捨てなければいけません。 >>続きを読む

車いすの看護師さん、あらわる。

 お久しぶりです。私は1週間ほど熱が出て寝ていました。記憶が飛んでしまい、ヘルパーさんたちにケアの指示がうまくできないこともあり、ちょっと混乱しました。やはり病院の医師も看護師さんたちも、治療とケアはどう違うのかをわかっていないところがあり、私は老人ホームに住んでいるか家族の世話になりながら生きているというイメージをもたれていたようです。

 カテーテルというものをつけました。病院からは、カテーテルを固定するばんそうこうの貼り方まで伝えてくれませんでした。秘書のことを身内だと思っているようでした。このことはどこへ行っても言われますから、しょうがありません。重度の障がいをもつ66歳の私が、一人で暮らしているというイメージがわかないのです。まだまだ障がい者の生き方をわかっていない人が多いことを認識しました。 >>続きを読む

斉藤りえさん、心より祈っています。

 今日、期日前投票に行ってきました。全国区はたくさんの方々の名前があり、読みにくかったです。眼鏡や老眼鏡をもって選挙に行ってほしいと思います。私は手が使えないので、選挙管理委員会の方に書いていただきましたが、その人も虫眼鏡で『斉藤りえ』さんを探して、やっと書いていました。『斉藤りえ』と赤い字で書いていきたかったです。

 私は毎日、りえさんが国会に行けることを心より祈っています。上の写真は、斉藤りえさんが私に送ってきてくださった本です。皆さんもお読みになってください。 >>続きを読む