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福祉の光と影

 不妊手術強制の裁判問題で、私は連日マスコミに出ています。私は不妊手術をしなかったので、した人の辛い気持ちはわかりかねます。(私が結婚し子供を産んだなら、たくさんの障がい者たちも子供を産むだろう)と思っていました。でも、あまりこの問題を語る人がいないということは、障害が重い人が子供を産んでいるケースが少ないのかなと考えています。

 不妊手術をしたと言っても、医師たちは「子供を産まなくするからね」とはっきりと伝えたのでしょうか?なんだかわからない間に手術をされた人もたくさんいたのではないでしょうか。全国で強制不妊手術をした人数が出ていますが、数字だけではわからないことだと思います。 >>続きを読む

狂っていた時計

 私の家には時計が7個あります。いつなにがあっても、ヘルパーさんの時間帯を気にしなければいけないので、どこからでも時計を見られるようにしています。気にしすぎて、時計を見ると具合が悪くなってくるときがあります。年に1度でもいいから、時間を気にせず暮らしてみたいと思います。 >>続きを読む

祈る思い

 最近、肩と首の痛みがはげしくて、ブログを書く気力も起きませんでした。痛みというものは、どこまで我慢してよいものか、わからなくなることがあります。壁などに頭をぶつけた時、ヘルパーさんたちは「痛かったでしょう?!」とぶつけたところを撫ででくださいます。でも、心の底では(ぶつけたとこなんて痛くないのよね。肩と首の方がよほど痛いの)と叫んでいます。あまりヘルパーさんに八つ当たりしないように、明るく生活しようと思っています。今年の始めに、新しいカレンダーをみて吐き気をもよおしたのも、身体の疲れや痛みが溜まっていたからでしょう。障がいをもった皆さん、みんな同じ気持ちで生きていることだと思います。 >>続きを読む

ひらめき

 コメントをくださったお二人さん、ありがとうございます。今、私は障がい者の不妊手術の問題についての取材で、忙しいです。あまり嬉しい話ではありません。

 私は16歳の時、木村浩子さんをテレビの画面を通して見て、「私も子供を産むんだ」と心に誓いました。浩子さんがいなければ、私は障がい者でありバージンだったと思います。恋愛も結婚も経験することはできなかったと思います。(浩子さんができたのだから、私にもできるはずだ)と自分に言い聞かせていました。でも、もう一人の私が「浩子さんはあなたとは別よ。上手に絵を描いてお金を得ているのだから。あなたにはできるわけないでしょ」と、ささやいていました。2人の自分が戦っていました。多くの障がい者はこのような思いで生きているのでしょう。悲しいですよね。むなしいですよね。自分の思いのままに生きていかなければ、一度しかない人生もったいないです。石ころが土の上を転がって、泥まみれになります。でも、雨が降って石に輝きが出てきます。そういうことを、何万年も繰り返しながら、石は宝石になるのだと思います。人間も同じですよね。何万年も生きられないけど、長生きして自分の思いを吐き出してください。 >>続きを読む

ジャーナリストさん達、本音を描いてください

 1月30日(火)の夕方、宮城県の女性障がい者が不妊手術を強制的にさせられたことについて裁判をする問題に関連して、私を取材してくださったHBCのテレビ番組が放送されました。この問題について取材を受けたのは、北海道ではまだ私しかいないという現実を知り、悲しく思いました。しかし、企画を立てたHBCの女性は、22歳でありながらきめ細かく番組を作ってくださいました。世の中の人は色々な意見を言ってくると思いますが、どんな意見にも負けないでこのような番組を撮り続けてほしいと思いました。

 今は新聞記者さんやテレビ局の方も、若い世代に代わってきています。その人たちに障がい者問題をどう描いてほしいかを、根気よく伝えていかなければいけないと思います。色々な障がい者がテレビや新聞に出て、ジャーナリストの心を変えていく必要があります。インターネット上の意見では、「障がい者は世の中で邪魔な存在だ」というものもあるそうです。私は手が使えないので、携帯などでネットを見ることができません。ネット上は余計な情報が多すぎますし、意見を書く人も無責任なところがあると思います。 >>続きを読む

瞳の輝いた少女が歴史をつくるかも!?

 1月21日、「みんなの学校」の映画上映・講演会を、いちご会でおこないました。シンプルで一度聞いたら忘れられないタイトルですね。日本中で上映会がくり返されています。普通学校に障がい児を受け入れるのは、先生方の体力勝負のような気がしました。講演された木村先生の、「生徒から先生が学ぶことが大切」という言葉が心に残りました。たくさん大切なことをおっしゃっていたので、覚えきれませんでした。

 100人規模の会場をとりましたが、150人くらいの申し込みがあり、いちご会のスタッフたちは入場を断るのに忙しかったです。参加者の皆さんは、いちご会の講演にはじめて来た方ばかりであり、学校の先生方や親たちが悩んでいる問題なのだということに気づきました。私はもっと、車椅子に乗った子供も出演しているかと期待していました。木村先生の話は、テープ起こしをして、いちご通信に載せさせていただきます。 >>続きを読む

芸能ニュースが好きなオバサンより

 昨日から日本列島に寒気が入り、東京方面にも雪が降り人々は生活の動きに困っています。北海道のように、しっかりした雪に対応できる靴を履いている人は少ないのでしょう。車もスタッドレスタイヤをすぐにつけることはできないのでしょう。バスもあわててチェーンをつけることが大変です。地球上が天気の予想をできなくなっており、どんなことが起きても対応できる地域づくりを計画しておかないといけなくなっています。

 高齢者や障がい者や子供が安心して生きていける地域づくりも、事前にいろいろなことを考え、設備を整えていかなければならないことは、世界中に共通することでしょう。温暖化現象は、人間の欲望・傲慢さで起きていることだと思います。

 

 私が出演するテレビ番組の放送日が、変わりました。1月31日(水)の夕方5時10分ごろからです。お時間のある方はご覧になってください。60代の障がいをもった女性が、不妊手術を強制的にさせられたことに対して、国と宮城県を訴える裁判が始まります。このことに対して賛否両論の意見が出てくるでしょう。彼女が精神的に疲れないかが心配になります。 >>続きを読む

花々に囲まれた車いす

 1月15日、東智樹さんが48歳でお亡くなりになりました。彼は小さな体で車いすに乗って、大きな声で周りの人に話しかけていました。彼は札幌や北海道の障がい者運動家で、その肩書きは覚えきれないほどありました。札幌全域で様々な障がい者としての意見を述べていました。私と真剣に議論したことはありませんが、「メールの返事、遅いわよ。なぜ?」と言うと、彼はにっこり微笑み「小山内さん、ごめんごめん。今度から気をつけるから」と、いたずらっ子が話しているような声で謝ってきました。きっと東さんには敵がいないのだろうな、と思いました。たくさんの仕事を請け負っているので、疲れていたのかもしれません。若すぎる死でありました。

 お葬式では、彼の使っていた車いすが花に囲まれてポツンとありました。(もう車いすに彼が乗って歩くことはないのだな)と思うと、急に悲しさが押し寄せてきました。これからの彼の仕事は山ほどあったはずです。彼が少し失敗しても、(ま、いっか。あとからやり直すだろうな)と思わされるところが、彼のすばらしい性格だったと思います。私も東さんのような性格になりたいな、とあこがれた時もありましたが、私がそうなれないことはわかっていました。 >>続きを読む

夢は心の薬?

 昨日、1月15日は札幌いちご会の41歳の誕生日でした。いちご会の創立記念日なので、昨日はお休みでした。いちご会職員のヘルパーさんに、昨夜みた面白い夢の話を聞いていただきました。

 前の秘書の長谷川(山田)さんと一緒にノルウェーへ行き、私だけ先に日本に帰ってくると、お土産を1つも買っていないことに気がつきました。あわてて長谷川さんに「なんでもいいから、お土産をたくさん買ってきて!」と、あせって電話をしました。すると横に男性が寝ていました。「小山内さん、もうお土産なんか気にしない方がいいんじゃない?あなたは僕たちにあふれるほどお土産をくれたじゃない。社会を変えてきたじゃない。僕は筋ジストロフィーだけど、障がい者運動をやってきた人たちのおかげで、楽しく生きていられるんだから」と言われ、私はとても気分が良くなりました。長谷川さんもノルウェーで幸せそうでした。若い男性から「お土産はもういいんじゃない?」と言われ、なにやら心にエネルギーが湧きました。「いいよね?でも、あなたに会えたから、もう少しがんばってみる」と私は言いました。彼はにこやかな顔を浮かべてくれました。その夢を若いヘルパーさんに語ると、「ステキな夢ね。今の小山内さんの心境を表しているようね」と言ってくれました。 >>続きを読む

心は暖かかったのに?

 去年、札幌市は「障がい者が入院した時、ヘルパーを付けてよくなる」と笑顔で語っていました。私はその言葉を聞き、涙が出るほど嬉しかったです。首の手術を3回受け、悪性リンパ癌になり、看護師さんたちのケアがどれだけ貧しいか、体で感じとったのです。しかし、看護師さんによっては、「小山内さん、我慢しないでなんでも私たちに言ってくださいね」とおっしゃってくださった看護師さんも、たくさんいました。でも、癌になった時の夜中、鼻のてっぺんに髪の毛が一本くっついてしまい、かゆくて眠れなくなりました。足でナースコールを押そうか押さないか悩みました。(気持ちのいい看護師さんならいいけどな。でも、「なんでこんなことで呼ぶの」と言われないかな)と怯えていました。そんな時、やはり手を使えない自分を呪いました。悔しくて涙が出ました。その涙が髪の毛を流してくれました。(あぁ、この涙は神様の手だ)と思ったものです。

 障がい者がなんでも「して、して」と頼むと、甘えているのではないかと責められる時もあります。でも、髪の毛一本で何時間も苦しみますか?私は病院にヘルパーさんが来てくださる運動を、35年以上前からおこなっていました。そのたびに、うまくいきませんでした。 >>続きを読む