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ティッシュペーパーは生きるエネルギー

 65歳になると、なにやら色々な書類がやってきて、毎日頭が混乱している。難しい書類を見て、(一般の高齢者の人たちは、この書類に正しく書けるのだろうか)と思うこともある。私の場合は、秘書がいて色々アドバイスしてくれるので書類が書ける。

 あるスーパーでは1週間に1回、65歳以上の人は会計の後にティッシュペーパーを1箱もらえると聞いていたので、はりきっていた。しかしその曜日にはなかなかぶつからなくて、(あぁ私は一生ティッシュペーパーをもらえることはできないのだな)と残念に思っていた。歳をとっていくことは、非常に寂しいことであるが、ティッシュペーパー1箱もらって喜ばないと、生きている価値はないと思う。小さなことでも喜びを見つけなければ、日々なんのために生きているのかわからなくなってしまう。

 買い物の会計が終わりそうなとき、秘書はこっそりと「小山内さん、今日はティッシュをもらえる曜日みたいですよ」と、案内が書いてある紙を指さした。私は嬉しくなり、やっと夢が叶ったような気がした。でも心の奥底で(あぁ65歳か)と悲しみもやってくる。 >>続きを読む

はじめまして、大泉洋さん

 今日は久しぶりに恵みの雨である。札幌は3週間くらい雨が降っていなかっただろうか。畑が心配であった。でも、雨が降りすぎないようにとも思う。日本に来ている台風も、今まで見たことのない動きである。大丈夫かなぁ。水害で流された人たちを「かわいそうに」と他人事のようには思えない。札幌もいつ川が氾濫するか、わからないからである。

 温暖化で暑くて眠れない日がある。あちこち体中がかゆくなり、ヘルパーさんに汗を拭いていただく。(あまり言うと疲れちゃうかな)と少し遠慮の気持ちがわく。でもあまり我慢すると、おでこの傷のように長引いてガンになることを知り、(我慢しないほうがいいんだ)と自分に言い聞かせる。 >>続きを読む

探しものはなんですか~見つけにくいものですか~♪

    昨日8月6日、『重度障がい者に必要な在宅介護のあり方検討会』の第2回目の会合がありました。とても重要な検討会でありますが、来年の3月までに『非定型をどのようにして取り入れるか』を決めなくてはいけなく、札幌市障がい福祉課の人たちも急いでいるようですが、書類を読むことにずいぶん時間をとられたような気がしました。竹田保さんが、「介護の非定型だけではなく、定型から見直さなければいけない」とがんばっていましたが、なかなかそれに辿り着けませんでした。

    札幌市がパーソナルアシスタント制度を作ってから、10年がたちます。私は41年間運動をしてきていますので、制度を変えていくということは非常に長い年月がかかり、辿り着いた頃には自分の障がいが重くなっていて制度が合わなくなっていることを、幾度か経験しました。今の制度ではなく、10~20年後の制度を訴えておかないと、生きている重度の障がい者が安心して生きられないことを、障がいが重い人はわかっています。すごく急いでいる気持ちはわかりますが、なにか大きな落とし物はないかを私は探しています。 >>続きを読む

「もう聞きたいことはないですか?」

 ブログを書きたいなぁと思っていても、生活や仕事の中でなにかかにかが起きるので、頭の中で原稿がまとまらない時がある。

 私は札幌市豊平区から西区に引っ越してきて、18年経とうとしている。息子は高校を卒業しようとしていた時だったと思う。母と息子と私とヘルパーさんが眠る部屋と考えて、4LDKのマンションを買った。私はローンをして物を買うのはあまり好きじゃない。お金が貯まるまで、まず待ってから買うことにしている。生活保護を受けていて突然、社会福祉法人の施設長になったので、公営住宅は受けられなくなった。思い切って住み心地の良いマンションを買った。とても広い窓があり、母は「あなたやっと親孝行してくれたね」と窓の前で手を大きく広げて喜んでくれた。あんなに嬉しそうな母の表情はめずらしかった。

 今私の家では、電化製品が壊れ続けている。あまりにもいろいろな物が壊れるので、今度はなにかとビクビクしている。昔の電化製品は電気屋さんが来て直してくださったが、今の電化製品は「もう部品がない」と言われ、買い換えなくてはいけない。社会のお金が回るようになっているのか、電化製品屋さんの作戦なのかはわからないが、なんでも修理をして大切に電化製品を使っていた時代が懐かしい。 >>続きを読む

2018年9月1日講演会「心 はじけたアメリカ」

 

9月1日講演会 「 心 はじけたアメリカ 」 ポスター

9月1日講演会 「 心 はじけたアメリカ 」 参加申込書

 

若い女性障がい者が、アメリカに一か月半滞在した研修旅行のお話をします。

登リ口さんは、「アメリカの交通機関がとても良く、バスにいつでも簡単に乗れて心が軽くなった」と言っています。この思いを聞いてください。お待ちしております。

 

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新刊本「ケアの扉を開いて あたたかな手とともに生きる」

 

 2018年に新しい本ができました。ケアを受けて生きる者と、する側の、真実の言葉です。8年間かけて書いたエッセイと、ヘルパーさん達との対談を載せています。そして、どんなに障害が重くても自立して生きようと思いいちご会を立ち上げてからの、毎日の運営資金を集める戦いを書いてみました。落ち葉がお札だったらいいのにな、と若き日考えたこともストレートに書いており、楽しく読めると思います。 >>続きを読む

なぁんだ、そうだったんだ!!

 札幌にもやっと夏がきた。いちご会に行く途中に銀行へ寄り、その銀行の隣にコンビニがあったので、いちご会のみんなにごちそうしようと思い、いろいろな種類のペットボトルのお茶を買った。店員さんが私の方をまっすぐ向いて話しかけてきてくださった。暗い社会の中で、店員さんが言語障害で顔のゆがんだ私にきちんと話しかけてくださるだけで、私はとても喜びを感じた。将来は明るくなるかもしれない、と思った。お店ではそういう教育をしてきているのかな、と感じた。冷たいお茶をみんなで飲むことは、心がやさしくなるような気分になる。

 最近、いちご会で北海道新聞を購読している。障がい者問題だけでなく幅広く社会を見ていかないと、書く原稿のネタが無くなると思ったからだ。今日の1面にある『卓上四季』を読むと、『選良』という言葉の意味になぞらえて、すぐれた人として選ばれた国会議員は、有権者に災害が迫れば心配するはずだが、西日本に危機が迫る状況で飲み会をしていた安倍首相が「万全の体制をとっていた」と発言したことは残念でならない、という内容であった。そして別の辞書で『選良』を引くと、「理想像を述べたもので現実は異なる」と書いてあり、文章は「なぁんだ、そうだったんだ。」という言葉で締めくくられている。 >>続きを読む

怒られて心がさわやかになった私は変かしら

 私は元気になりました。ぶつけたおでこの傷がガンになるなんて、信じがたいです。でもそれが現実ですから、このブログを読んでくださっている皆さんは、なかなか治らない傷があった時は甘く見ないで、大きな病院に行ったほうが良いです。

 全身麻酔をかけ、胸の皮膚を切っておでこにくっつけました。もう1週間たち移植した皮膚は元気よく生きています。ついでにもっと整形手術をしたかったですね(笑)。私の手術をした先生は市立病院の形成外科の女医さんであり、とても美しいです。顔はもちろんですが性格もやわらかく話し方も優しくて、私はすっかりその女医さんが好きになりました。病状を話すときも、秘書の顔を見ないで私のほうを見て話してくださるのです。そういう医師がどれだけ少ないことか。皆さん現実をわかっていますか?「どこが痛いんですか?」と聞くときも、一緒に行った付き添いの人に話しかけるのです。(痛いのは私なのだ!)と大きな声でわめきたい気持ちになります。でもこういう社会だからしかたないのだなと思います。さらに私は脳性麻痺があり、65歳になり老人になりました。「入れ歯はありますか?」と何回も聞かれて、(あぁこれが65歳になった証拠か)と思いました。残念ながら言語障害のある脳性まひ者は、入れ歯ができないのです。 >>続きを読む

感謝です

今、おでこの手術を受け、目が覚めました。病院にヘルパーさんをおける制度ができて、安心して入院できました。幸せです。

昨日、当直してくださった看護師であり私のヘルパーである高橋亜由美さんは、13年前北大の学生さんだったとき、1回あたり何時間いても1000円支払っていました。夕べは、ヘルパー料金を払えたから嬉しくてなりませんでした。「良かった良かった。やっとバイト代払えたね」と言うと彼女はニコニコして「小山内さんががんばったからだよ」と言ってくださいました。本当に心の底から幸せを感じました。

やはり、障害を乗り越えるということは、こういう歴史なのですよね。嬉しかったです。亜由美ちゃん、そしてたくさんの他の学生さん、1000円で来てくださった皆さん、ボランティアさん、本当にありがとう。あなたたちがいたからこそ、私は生きていられて、またガンと闘えたのです。皆さん、ありがとう。

全国の障がい者たちが安心して入院できることを、心から願っています。札幌の行政と厚労省の人たちにも、心から感謝します。まだ完全でない入院ヘルパーのことで戦っている仲間たちにも、心から感謝します。幸せでいっぱいです。

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食べ物の恨みはおそろしいですよ

昨日、突然ヘルパーさんのご夫婦がやってきて、まだ生きているウニを持ってきてくださいました。石狩市の厚田朝市で3時間以上も並んで手に入れたそうです。まだウニは動いていました。どうやって食べるかわからなかったので、電話をかけて聞きました。夜来たヘルパーさんに言葉で説明し、生きたウニを包丁の先っぽで割って、お皿に身をきれいに並べていただきました。生ツバが出てくるような気がして、ウニをのぞくとよだれが落ちそうになりました。スーパーにはウニが並んでいますが、なかなか手が届かない値段です。ぐっとこらえて横目で眺めながら帰ってきています。みなさんもそういうご経験はあるでしょう。 >>続きを読む