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花々に囲まれた車いす

 1月15日、東智樹さんが48歳でお亡くなりになりました。彼は小さな体で車いすに乗って、大きな声で周りの人に話しかけていました。彼は札幌や北海道の障がい者運動家で、その肩書きは覚えきれないほどありました。札幌全域で様々な障がい者としての意見を述べていました。私と真剣に議論したことはありませんが、「メールの返事、遅いわよ。なぜ?」と言うと、彼はにっこり微笑み「小山内さん、ごめんごめん。今度から気をつけるから」と、いたずらっ子が話しているような声で謝ってきました。きっと東さんには敵がいないのだろうな、と思いました。たくさんの仕事を請け負っているので、疲れていたのかもしれません。若すぎる死でありました。

 お葬式では、彼の使っていた車いすが花に囲まれてポツンとありました。(もう車いすに彼が乗って歩くことはないのだな)と思うと、急に悲しさが押し寄せてきました。これからの彼の仕事は山ほどあったはずです。彼が少し失敗しても、(ま、いっか。あとからやり直すだろうな)と思わされるところが、彼のすばらしい性格だったと思います。私も東さんのような性格になりたいな、とあこがれた時もありましたが、私がそうなれないことはわかっていました。 >>続きを読む

夢は心の薬?

 昨日、1月15日は札幌いちご会の41歳の誕生日でした。いちご会の創立記念日なので、昨日はお休みでした。いちご会職員のヘルパーさんに、昨夜みた面白い夢の話を聞いていただきました。

 前の秘書の長谷川(山田)さんと一緒にノルウェーへ行き、私だけ先に日本に帰ってくると、お土産を1つも買っていないことに気がつきました。あわてて長谷川さんに「なんでもいいから、お土産をたくさん買ってきて!」と、あせって電話をしました。すると横に男性が寝ていました。「小山内さん、もうお土産なんか気にしない方がいいんじゃない?あなたは僕たちにあふれるほどお土産をくれたじゃない。社会を変えてきたじゃない。僕は筋ジストロフィーだけど、障がい者運動をやってきた人たちのおかげで、楽しく生きていられるんだから」と言われ、私はとても気分が良くなりました。長谷川さんもノルウェーで幸せそうでした。若い男性から「お土産はもういいんじゃない?」と言われ、なにやら心にエネルギーが湧きました。「いいよね?でも、あなたに会えたから、もう少しがんばってみる」と私は言いました。彼はにこやかな顔を浮かべてくれました。その夢を若いヘルパーさんに語ると、「ステキな夢ね。今の小山内さんの心境を表しているようね」と言ってくれました。 >>続きを読む

心は暖かかったのに?

 去年、札幌市は「障がい者が入院した時、ヘルパーを付けてよくなる」と笑顔で語っていました。私はその言葉を聞き、涙が出るほど嬉しかったです。首の手術を3回受け、悪性リンパ癌になり、看護師さんたちのケアがどれだけ貧しいか、体で感じとったのです。しかし、看護師さんによっては、「小山内さん、我慢しないでなんでも私たちに言ってくださいね」とおっしゃってくださった看護師さんも、たくさんいました。でも、癌になった時の夜中、鼻のてっぺんに髪の毛が一本くっついてしまい、かゆくて眠れなくなりました。足でナースコールを押そうか押さないか悩みました。(気持ちのいい看護師さんならいいけどな。でも、「なんでこんなことで呼ぶの」と言われないかな)と怯えていました。そんな時、やはり手を使えない自分を呪いました。悔しくて涙が出ました。その涙が髪の毛を流してくれました。(あぁ、この涙は神様の手だ)と思ったものです。

 障がい者がなんでも「して、して」と頼むと、甘えているのではないかと責められる時もあります。でも、髪の毛一本で何時間も苦しみますか?私は病院にヘルパーさんが来てくださる運動を、35年以上前からおこなっていました。そのたびに、うまくいきませんでした。 >>続きを読む

恋をすることが仕事!?

 あけましておめでとうございます。

 お正月休みになると病院やマッサージが休みになってしまうので、不安になります。今年のお正月は初めて息子がお嫁さんの実家に行き、さみしいお正月でした。困ったことがあったらどうしよう、と今更ながら私にとって、お正月はあまり居心地のいいものではありませんでした。心の自立ができていません。本当に困ったことがあったなら息子が来てくれる、という安心感で生きています。7日にやっと息子とお嫁さんと3人でお正月ができたことが、嬉しく思えました。

 昨日までは、HBCテレビの取材でとても緊張していました。今は、マスコミに出る時は話すことに注意をしないと責められるという思いがあり、言葉を選びながら真剣に話しました。最近はマスコミの人たちも若い世代に代わり来てくださるので、障がい者問題をどう伝えていけばいいのかを、考えてしまいます。 >>続きを読む

直感で生きることが大切です

 12月26日、今年ももう終わりに近づいています。新しいカレンダーを見て、また来年忙しい日々がやって来ると思うと、ちょっと吐き気がしていまいました。仕事のスケジュールをこなすことが大変になってきています。でも、また来年いろいろな問題が起き、障がい者として、女性として、乗り越えなければならない問題がたくさん出てくるでしょう。

 今年の終わりごろ、宮城県の障がい者の女性が、若き日に不妊手術を強制的に行ったことについて県と国を訴えている、というニュースが流れています。たいへん勇気があったことでしょう。私も中学生の時、母に「子宮をとった方がいいね」と言われ、かるい気持ちで「うん、そうだね。あったって使わないもんね」と言ってしまいました。私は大人になっても誰からも女性として見られることはないだろう、ティッシュのように世の中から捨てられるだろう、と自分のことを思っていました。病院に行く準備をし、母とタクシーに乗ろうとしたとき、なにか嫌な直感がしました。今でもわかりませんが、病気でもないのにお腹を切ることはおかしいのではないか、ということを感じ、タクシーの座席からお尻をアスファルトに落とし、「母さん、やっぱり行くのやだよ。行かないよ!」と言うと、母が「ごめん、ごめん。母さんが悪かった。間違ってた」と言って、私を抱きしめて泣いていました。 >>続きを読む

誰でも参加して、福祉制度を変えましょう

 12月13日、札幌市役所にて、市の障がい福祉課から要望書の回答を受け取りました。また、障がい者にとってのヘルパー不足や時間数が足りないという問題について、札幌市と話し合いをしてきました。障がい者の親御さんたちやヘルパーさん達や、自立生活センターさっぽろ・あしの会の人たちが参加し、意見交換をしました。

 2017年3月3日、「札幌市介護給付支給決定(重度訪問介護)の改善を求める陳情」を札幌市議会・厚生委員会にて行い、各政党を回り説明しました。どの政党も無視することなく、真剣に聞いてくださいました。札幌市は、支給決定に「非定型」を取り入れないとの意見を言い続けていました。

 現在は、1日中見守りが必要な人の中でも、脳性まひの著明なる不随意運動があり、話せなく、かつ人工呼吸器を使っている、最重度の障害をもつ人しか、24時間×31日に相当するヘルパー時間をもらえない、という決まりがあります。札幌市はこれに対する「非定型」を取り入れない、という主張をしており、意見交換が続いていました。(このような意見もありますが、私個人的には、1日24時間のヘルパー時間を今の体の状態では要求していません。)しかし次第に札幌市の障がい福祉課は、全国を回って歩いたりアンケート調査をしたりし始めました。 >>続きを読む

「みんなの学校」映画会・講演会

みんなの学校ポスター(PDFファイル)

1/21映画会 参加申込書

 

 日本中が望んでいる、「みんなの学校」です。

 障がいのある子もない子も共に学ぶことは、子供たちにとって最高の教育です。

 障がい者運動が始まり、50年くらいはたったでしょうか。「みんなの学校」は、なかなかできません。

 いろんな困難を乗り越え、木村先生はできたのです。 >>続きを読む

議員さんがヘルパーになることを流行にしたい

 やっと金曜日がやってきました。今週はイライラすることが多くあり、心が健康でなくなっていました。どうしたらこのモヤモヤを消すことができるのか、来週の宿題となりました。

 

 12月3日に、登別で催された「障害者週間記念事業」へ行って、もじやの永島さんと一緒に講演会をおこなってきました。登別では障がい者を含めた150人以上の人が集まり、イベントを楽しんでいました。車いすに乗った女性が、知的障がい者の人にコートを着せてあげたり、靴を履かせたりしていました。その姿があたたかく見えました。

 市長さんや市議会議員さんたちも出席しており、新鮮な気持ちにさせてくれました。ヘルパーさんをやっていた男性が市議会議員になったり、市議会議員を辞めてヘルパーをやっている人もおり、「これはステキな働き方だ」と思いました。とかく議員になると鼻が高くなり、底辺に生きている人たちのことがわからなくなってしまう傾向があります。しかし、人はエレベーターのように上がったり下がったりする仕事を選ぶことにより、自分の姿がよく見えてくるのだと思います。特に今はヘルパー不足なので、議員さんがヘルパーになってくださることは、ありがたいことです。 >>続きを読む

女性の化粧は愛されること❤❤❤

 6年間働いてくれた秘書の長谷川(新姓:山田)由季さんが、お嫁に行ってから2か月が経っています。新しい秘書さんも仕事にすぐ慣れてきています。長谷川さんが結婚すると聞いたときは、嬉しいやら寂しいやら複雑な思いでした。地方に行ってしまうので、もう働けなくなると聞き、なおさら私は面白くない感情になっていました。やはり仕事より愛をとるのが当たり前のことですよね。でも6年間もいてくれてツーカーで仕事ができていたので、困りました。

 結局人は自分が一番かわいいので、自分のことをまず考えてしまうのです。彼女が結婚に少し悩んでいた時、「自分が幸福にならないと周りの人を幸福にできないよ。」と、わかったようなことを言ってしまいました。行ってほしくないという自分と、まずは、人生一回は結婚しなければならない、という思いが戦っていたのです。彼女は結婚が決まり、日々美しくなってきました。ヘルパーさんたちも「明るくなったね、美しくなったね。」とみんな言っていました。やはり女性にとって、愛することと愛されることが最大の化粧だと、彼女の顔を見て思いました。 >>続きを読む

飽きるまで見つめて・・・❤

 原稿を書いたり、講演会へ行ったりして、私は疲れていました。どこかへ行って遊びたい、という気持ちばかりが心に押し寄せていました。休みの日、息子が送迎してくれてウインドウショッピングへ出かけることができました。ちょっと早いけどクリスマスプレゼントを買いました。あふれるほど色んなデザインの洋服を見ると、心がおどりました。しかし、買ったのはたった1着のバーゲン品でした。それで私の心は落ちつきました。ストレスがたまっていたのだと思います。たまには遊ばないと仕事が嫌になってしまいます。

 ヘルパーさんと一緒にドーナツを食べました。斜め向かいに3~4歳のかわいい男の子がいました。その子は私のことを、じーっと見つめていました。はじめて私のような人を見たのでしょう。私の顔に穴が空くほど、かわいい視線を感じました。ときどき視線が合って私がほほ笑むと、彼はこわい顔をして目を背けました。

 私の若き日は、そういう子供がたくさんいました。(どうしてそんなに私のことを見るのよ。このイタズラボンズめ!)と腹を立てていました。しかし私は子供を産んでから、すべての子供がかわいく感じるようになりました。 >>続きを読む