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花々に囲まれた車いす

 1月15日、東智樹さんが48歳でお亡くなりになりました。彼は小さな体で車いすに乗って、大きな声で周りの人に話しかけていました。彼は札幌や北海道の障がい者運動家で、その肩書きは覚えきれないほどありました。札幌全域で様々な障がい者としての意見を述べていました。私と真剣に議論したことはありませんが、「メールの返事、遅いわよ。なぜ?」と言うと、彼はにっこり微笑み「小山内さん、ごめんごめん。今度から気をつけるから」と、いたずらっ子が話しているような声で謝ってきました。きっと東さんには敵がいないのだろうな、と思いました。たくさんの仕事を請け負っているので、疲れていたのかもしれません。若すぎる死でありました。

 お葬式では、彼の使っていた車いすが花に囲まれてポツンとありました。(もう車いすに彼が乗って歩くことはないのだな)と思うと、急に悲しさが押し寄せてきました。これからの彼の仕事は山ほどあったはずです。彼が少し失敗しても、(ま、いっか。あとからやり直すだろうな)と思わされるところが、彼のすばらしい性格だったと思います。私も東さんのような性格になりたいな、とあこがれた時もありましたが、私がそうなれないことはわかっていました。

 若き日、いくら言っても社会や行政がなかなか動いてくださらなかったので、(人に好かれるような良い子でいては本当のことはできない。まずは嫌われてもいいから意見を通すことから始めなければならない)と思い込んでいました。でも、東さんの若い力は、人々に慕われることがスタートラインとなっていた気がします。お葬式には福祉関係者や懐かしい障がい者たちがたくさん集まっていました。お葬式に集まった人たちが1つになり、北海道や札幌市の福祉を良くしていったなら、すごい力になると思いました。みんな帰らないで東さんの思い出を語り合おうよ、と言いたいくらいでした。

 東さん、天国から若い障がい者たちがあなたの代わりに活躍するよう、声をかけてください。そして、安らかにお眠りください。ありがとうございました。

 

沖縄からも、東さんのご冥福を祈るばかりです。 そして、まだ

沖縄からも、東さんのご冥福を祈るばかりです。

そして、まだ残っている私たちのエネルギーを最大限に出して、若い仲間たちが人として生きやすい世の中になるように考え、努力していきましょう。