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黒い砂

 雪道をすべらないためにまいた黒い砂が今、雪が溶けて風に舞って私たちの目やのどを痛めている。一瞬便利のいいものを人間は使ってしまうが、そのツケは必ず回ってくるようだ。無人運転自動車もその一つ。人間の運動神経によりは良いかもしれないが、事故が起こった時を考え細かな法律を作らなければ、使ってはいけないと思う。それらのことを示しているのが、原発だろう。

 原発は便利が良いと、人間はすぐに使ってしまった。しかし災害が起こり、建物が壊れてしまうと、放射能が広がり人間の命を奪う。これからは科学も医学もどんどん進んでいく。失敗してもすぐにストップをかけられるものしか使ってはいけないと、私は思う。義手として使うロボットの精密な指の動きは、見ていて惚れ惚れする。あの手が欲しいなぁと独り言を言ってしまった。しかしあの手は、脳の運動神経が正しく動かなくては使えない、とテレビで説明していた。がっかりした。

 今私は、本やいちご通信の仕事がひと段落し、退屈している。カラオケに行きたくてしょうがない。息子が「バレンタインデーのお返し、何が欲しい?」と言ってきたので、「母さん今は何も欲しいものはないな。カラオケに行く時間が欲しい。時間をプレゼントして!」と言うと、「今月はダメだ、忙しい。来月考えるよ」と言った。時間のプレゼントは良いですね。きっと近いうちに、お嫁さんと3人でカラオケに行こうと思っている。春はもうすぐ、近づいている。雨が降って黒い砂が流されて、きれいな道になるだろう。

 昨日は『ブタがいた教室』という映画をみた。命とはなんなのかをコメディタッチで描いている。ブタを育てた子供たちが卒業を迎え、育てたブタをどうするかという議論をする。その議論はまるでノンフィクションのようで迷いと悲しみと怒りがあり、映画に吸い込まれていった。子供たちの素直で率直な言葉に心が揺れた。国会でおこなわれている森友学園問題の話し合いは、真実がどこにもないような気がする。生きるためには嘘をつかなくてはいけない。大人の世界があわれで悲しく思えた。

 この映画を作った監督さんと知り合いになり、映画の感想を簡単にメールした。すぐにやさしい返事が返ってきて、頼もしい思いがした。私も嘘のない、生きるエネルギーが出る。小説を書いてみたいと思った。そして映画にしていただきたいという夢が膨らんだ。頭にあることを全部吐き出して、これから書いていこうと思う。社会にある黒い砂を、強い雨で洗い流してほしい。人の心の砂も、幼い子供のように素直になれるよう、洗い流したい。