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幸福への道

 北の街札幌にも春がきた。隣の家の花壇にクロッカスの花が咲いてきている。黄色やオレンジや紫…と色あざやかだ。20年くらい前までは、左の足指で絵を描いていた。(あのクロッカス、描きたいな)と心がうずく。私はたまに絵を描いている夢をみる。今は動かない左足で描いている夢である。絵を描きたいな、と思った時には必ず左足の指が反応しているようだ。神経と脳はつながっているのである。なんとかもう一度絵を描きたいなと思うが、あまり無理をすると首が痛くなるので、我慢するほかない。出来ていたことが出来なくなることは、つらいことである。でも私は、足で絵を描けなくなったが、こうして秘書に口述筆記をしていただき、街の景色や自分の生き方を絵に描いている。そういうことが嬉しくなる。

 昨日はヘルパー学校へ行き、講義をおこなってきた。4人出席のはずだったのに、20人くらい来てくださった。色々な年代の人がいたので、誰か1人でもいちご会のヘルパーとして来てくださらないかな、と心が揺れ動いた。最近はヘルパー候補が何人か来て、私の生活も落ち着いてきている。いくらヘルパーさんの求人を出しても、1人も来なかったときもあった。これから私は地域で生きていられるのだろうか。心臓を動かしていくためには、施設へ行かなくてはいけないのだろうか。施設へ行っても職員が足りない。職員がいないから、障がい者の自由はどんどん奪われている。トイレに行きたいとお腹の中で反応するが、ヘルパーも職員も足りないので、おしめをあてるしかない人が出てきている。厳しい現実だ。それでも私たちは、たくましく生きていかなければいけない。

 最近私は、優生保護法の問題でたくさんテレビに出ている。ただ、私が出たくて出ているわけではない。障がい者を知らない人たちに少しでも知ってほしいから、出ているのである。優生保護法の問題でテレビをみた人たちの、たった1人でもいい、(あぁ、障がい者の人たちのケアに行ってみようかな)と思ってくださる人が現れることを念じながら、私はテレビに出演している。つらい過去を背負った人たちに、これからどのようにして幸せの一瞬を感じていただけるか、が行政や周りにいる人たちの課題だと思う。保証金を頂くことはとても大切なことだと思うが、お金だけでは幸福は手に入らない。その保証金で残された人生をどのようにして楽しんで生きるか、ということを、近くの人たちがアドバイスしてあげることが大切なのではないだろうか。

 水俣病により障がい者になった人たちは、たくさん保証金を受けた。その保証金で、親や親戚の人たちが立派な家を建てた。ほんの一部の人は家で少しは過ごせたが、ほとんどの人は施設で過ごしていた。そういう姿を私は見てきたので、優生保護法も同じことにならないように、幸福のお金で温泉に行ったりドライブしたり海外に行ったり好きな洋服を買ったり、というようなことをアドバイスしてあげる人が必要だと思う。それは今から、弁護士さんたちも考えてほしい課題だと思う。

 私は手が使えなく、携帯電話を操作することができないので、ツイッターは読めない。でも私はほんの2~3日前にツイッターで騒がせていたようだ。『息子に世話になりたいから子供を産んだ?』という言葉に、ちょっと悲しさを覚えた。私は母にも息子にも負担をかけないために、ヘルパー制度を40年間運動してきた。あまりツイッターに書いた人を責める気はない。しかしやはり私は、女性として母として女として生きたかったからこそ、福祉制度をたくさんつくってきた。

 昨日もヘルパー学校に行ってきたが、若い生徒さんは「私たちは介護を習っただけでは、あまりわからない。障がい者と会いたい。話がしたい」と言っていた。(なるほどなぁ)と思った。どこまで私ができるかわからないが、いちご会で一緒に料理を作ったりお茶を飲んだりして、小さなパーティーでも開きながら、障がい者のことを語っていかなければいけないと思った。これからゆっくり、そういうことも生きている限り、私は運動していきたいと思う。

 明後日は秘書と友達とでカラオケに行ける。何か月分の願いだっただろうか。心ウキウキ♪なにを歌おうか今から考えている。私の得意な歌は、松坂慶子さんが歌っていた『愛の水中花』である。本当に楽しみだ。生きることは楽しいと、みんな思いながら働きましょう!行ってきます。

 かわいい箱の中から、アクリルたわしが出てきた。箱がとても可愛くて気に入った。病院に長いこと入院していた人が、自分で編んだアクリルたわしをたくさん送ってきた。まだまだいろんな形のものがある。お近くの方はお立ち寄りください。かわいいたわしさんが待ってます♪