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誰でも働ける

 お盆の終わり、息子夫婦とお墓参りに行き、その後はお嫁さんの誕生日パーティーをおこなった。5月は息子の誕生日、6月は私の誕生日、8月はお嫁さんと続き、なにかかにか会う機会を見つけることができ楽しい思いだった。でも9月からはしばらく何もないので、息子に「来てくれ」とはなかなか言えなくなってしまう。息子夫婦は理学療法士と看護師で、忙しい毎日を送っている。(もうあまり声をかけられないな)と一人の自分がささやいている。しかし、これから寂しがっている暇はない。いちご通信の制作と、11月には大きな講演会を2つおこなわなくてはならない。頭が回りにくくなり、秘書の手は4本必要なくらいになってしまう。

 最近の新聞で、『複数省庁での障がい者雇用水増し』の事件を知り、(また情けないことが起こっていたのだな)と思う。国のトップのところでこのような曖昧な事件が多すぎる。障がい者の雇用については何年経っても進んでいない。地域でヘルパーを利用し生きていくのなら、障がい者本人の考えとヘルパーさんの手助けがあれば、仕事の可能性が増えてくると思う。介助を受ける人は公務員試験も受けられない。国のトップのところがこのようなことをおこなってしまうと、民間企業も拍車をかけて積極的に障がい者を雇わなくなるだろう。(罰金を払ったほうがいいのでは)と考えてしまう。それが私の65年間において一番悔しいことである。

 今日は、トイレで使うおでこをぶつけないための台を、若い男性がやってきて一緒に考えた。私もいろいろ注文を言って、考えが固まってきた。スウェーデンでは福祉機器研究所というところがあり、福祉機器を障がい者側が注文を言い、大まかに作る技術者がいて、最後にかっこよくデザインする人もいた。38年前から、すでにこういうシステムをとっているのである。福祉機器を研究するためには、使う人の意見が絶対に必要だと考えていた。私はそこで「働きませんか?」と口説かれたが、冗談だと思いヘラヘラ笑っていた。しかし通訳の方に「真剣に彼らが口説いているのだから、はっきり答えなさい」と怒られた。私は「まず札幌に帰ってから考えて、答えを出します」と言った。なぜイエスと言えなかったのか。一つは、札幌をスウェーデンのようにしなければならない、と考えたからだ。でもそんな美しいことは嘘かもしれない。私にもう少し勇気があったなら「イエス」と答えていただろう。

 できないことは決してマイナスではない。いろいろな工夫や道具を考えて生きることが、私たちの仕事だと思う。まったく障がいのない人に合わせての仕事はできないと思うが、私たちにしかできない仕事はたくさんあると思う。突然交通事故に遭い障がいを負った人に、障がい者がそばに行き話を聞いてあげることが、大切な仕事ではないだろうか。医師・看護師よりは、障がいをもった人の方が時には説得力があると思う。その力を私たちが身につけるよう学び、ヘルパーさんと一緒に病院や老人ホームに行って、話を聞いたり手紙を代筆してあげられるのではないだろうか。勉強が遅れている子のために、学校へ行き勉強を教えてあげるという仕事もあるのではないだろうか。もう障がい者ばかり固まって手作業をしている時代ではないと思う。手作業は機械がやってくれる時代がきている。ヘルパー学校には、障がいをもった先生がいない。これはまた不思議な話である。

 私たちには、知恵を出せば働けるチャンスはたくさんあると思う。私が今こうして頭で考えていることを秘書に伝えて、秘書がブログを書いてくださっている。こういうことも私にとって大切な仕事なのである。時にはくだらないことも書いているが、ありのままの手足の使えない65歳の女がどのようにして生きているのかを伝えることが、大切なことではないだろうか。

 高齢社会はすべて障がい者問題に変わってくる。高齢者が増えてきて年金や保険のお金が足りなくなってきている。だからこそ、少しでも元気のいい人たちは社会になにか貢献できないのかを考えていき、(人生良かったな)と思って死んでいきたい。心地よく死んでいけることが、これからの多くの人間のテーマではないだろうか。「誰でも働けるんだよ」と常に言っていかなければいけない。寝たきりの障がいをもった人も、笑顔になるだけで周りの人の心が救われる時がある。笑顔を広げることで、みんな働いているのだと思う。「心を穏やかにしてくださり、ありがとう」と人間同士が言い合うことが、人間にとって真の大切な仕事ではないだろうか。

毎年恒例の息子とのお墓参りです。手を握って祈っている。

お嫁さんの誕生日。息子は赤レンガテラスのバイキングをおごってくれた。