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かすかな夢を描く

 11月17日、『災害が起きたら私たちはどう生き抜くか』の講演会をおこないました。この講演会のお話は、いちご通信2月号に詳しく載せていただきます。東先生の話を聞き、考えたことをすぐ実行に移す先生に、私は感動を覚えました。東先生は65歳で、私と同じ歳です。昔から笑った横顔がステキな人です。社会に対してはいつも怒ったり喜んだりして、おもしろい人だなと遠くから見ていました。車いすの人が弁護士になり、大学の先生をおこない、内閣府で働き、障がい者運動をおこなっているのです。こんなにすごい人は、なかなかいません。肩書がえらいという訳ではありません。熊本地震のときは、自分の貯金をはたきトラックを買ったり事務所を作ったり、仮設住宅の設計を変えたり、自分の働いている大学を避難所にして学生さんたちをボランティアで動かしたのです。言葉で言えば簡単に聞こえますが、今このような力強い方は少ないです。

 東さんに「ヘルパー不足で困っているのだけど、誰かそれを具体的に考えて政治に訴える若い障がい者はいないですか?」と聞いてみたら、すぐにニッコリ笑い「小山内さんがやればいいでしょ?ほら、すぐ選挙事務所作ってやりなさい」と言われ、私は(あぁ、なるほどな)と思い、考えた者が動くしかないということを教えられました。

 でも政治家になったからといって、本当にヘルパーが集まるでしょうか?なにか違うやり方はないかなと毎日考えています。マスコミの方が取材したいと言ってくださるときは、私はなんでも出るようにしています。ただ有名になりたい訳ではないです。(誰か心優しい方が目にとめてくださり、ヘルパーに来てくださるかもしれない)という、かすかな夢を描いているだけです。10年くらい前だったら、テレビに出た後は何人かの人が電話をくださり、ボランティアとかヘルパーをやってくださる方が現れていたのです。でも今は・・・。愚痴は言いません。今日も私は、いちご会の正社員のヘルパーさんに着替えと洗面をしていただき、ご飯を食べて化粧をして、働いています。ヘルパーさんとは、時折意見が食い違い困ることもあります。でも、東先生の横顔を思い出し、(愚痴を言う前に明日のことを考えよう)と思っています。

 いちご会の年間予定していた4つの講演会は、やっと終わりました。(終わった!ばんざい!)と言って、いちご会のスタッフたちと乾杯をやりたい思いでした。でもみんな疲れているので、早く帰ったほうがいいと思いました。私は、今年やりたいと思っていたことが全てできたことを、心から喜んでいました。いちご会のスタッフの人たちも、文句ひとつ言わず働いてくださったことに、感謝しています。(さぁ、少し休んで来年のことを考えよう!)と思っていました。

 心の鍵をちょっと緩め、仕事のことは少し考えまいと思っていた時、夜トイレで転び首をねんざしてしまいました。理学療法士をやっている息子は、私の首のことをいちばん心配しているので、すぐに来てくれて「障害が重くなってきているのだから、ケアのマニュアルを少しずつ変えなきゃだめだよ。頭をうったのだから脳外科に行きなさい」と言われました。なんだかずっと怒られていたような気がします。腹が立ったけれど、私のことを心配しているのだから、怒っているのだろうと思いました。

 痛み止めを飲み少し我慢し、首専門の整形外科に行きました。そこの先生は私の首を手術してくださった人です。病院で、「頭をうち首が痛い」と看護師さんにいくら言っても、先生からもやはり「脳外科に行きなさい」と言われ、困ったなと思い3回頼みこみ、やっとOKしてくださりました。耳の裏から首が腫れていることを知り、すぐにレントゲンを撮ってくださり、「首をひねったんだね」と言い注射をうってくださいました。「また痛かったら来なさい」とおっしゃってくださったときは、(あぁ、やっと信じてくださったのだ)という思いで、私は天にも昇る思いで嬉しかったです。

 痛い所を言葉で言っても早くは伝わらないので、診察を受ける前に、秘書の林さんに痛い所を手で触っていただき、耳から首筋まで腫れていることを確認してもらい、「先生の前に行ったらこうしてちょうだい!」とリハーサルを少しやりました。林さんが痛い所を触って詳しく説明してくださったからこそ、忙しい先生はすぐわかってくださったのだと思います。

 でも私は、話せて林さんに説明できます。(話せない人はどのようにして生きているのだろうか)と、話せない人の生きる苦しみを、ちょっと考えてしまいました。障害が徐々に重くなっている65歳の私は、あと何年間こうして働けるのか。ずっと考えています。多くの人に「小山内さんの原動力はどこにあるのですか?」と聞かれます。「ただ生きるためです」と答えています。生きるためには、障がい者は毎日どれだけのエネルギーを使い生きているのでしょうか?うまく表現できない人もたくさんいると思います。

 とにかく息子に言われたとおり、ケアを受ける際は注意を払ってゆっくりおこなわなければいけません。今年のいちご会の講演会は、何百人の人が来てくださいました。さぁ来年も楽しみにしていてください。生きているかぎり、失敗も成功もおびえずおこないたいと思います。

 東先生が真剣に語っています。次の日はむかわ町を見に行かれ、「むかわ町の仮設住宅は貧しいな」と言っていたそうです。札幌市も仮設住宅を今から設計しておかなくてはいけません。すべての部屋をバリアフリーにすると良いと思います。熊本の障がい者用の仮設住宅は、玄関にスロープを付けただけのものであったそうです。トイレやお風呂は段差だらけで、車いすでは使えなかったそうです。家の設計は一番大切なケアだと思います。仮設住宅の設計図を、札幌市と共に障がい者たちが意見を言って作らないと、熊本と同じ間違いを起こすと思います。

 いちご会のスタッフとヘルパーさんたちと、東先生の記念写真です。美しい人に囲まれて嬉しかったかしら?でも私が横にいたから、ちょっと邪魔だったかもしれません(笑)。でもこの写真は私は大好きです。元気がなくなったとき、この写真を見つめようと思います。