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安心して生きられる日まで

久しぶりのブログです。書くことがたくさんありすぎて、なにから書いてよいのかわかりません。

浅野史郎さんが『明日の障害福祉のために』という本をお書きになり、その出版パーティーが12月2日に東京でおこなわれたので行ってきました。浅野さんは「出版パーティーをやりたいから本を書いているんだ」と、いつも言っています。半分冗談かなと思っていましたが、それは本当のことだったようです。今回のパーティーは少人数でおこなっており、会場の人からも浅野さんへのお祝いや自分の思いを発言していました。それを聞いて(いろいろな方がいるのだな)と思い、今までの出版パーティーの中で一番思い出に残るものになりました。(来年はどの人を講演会に呼ぼうかな)と迷うくらい、様々な人と出会いました。

「今度、浅野さんが出版パーティーをおこなう時は札幌でやってください」と、私は挨拶で言いました。浅野さんがパーティーの司会者をおこない、挨拶の時間が決められており、その時間がくると浅野さんが立ち上がり、話をやめるようにしていました。浅野さんは天皇陛下から賞状と勲章をいただいており、その額縁が会場に飾ってありました。

パーティー中、金髪の市議会議員の男性が話しかけてきてくださり、「私は若い時から小山内さんのファンでね。本はすべて読んでいますよ!私は恋人が自殺をしてしまい、そのことがきっかけで市議会議員となり、自殺防止策を実行しています。24時間電話で相談を受けています」とおっしゃっていました。(この議員さんこそ、自分の経験をバネにして実際に働いているのだ)と思い、私は感動しました。またなにかのきっかけがあれば、お会いしたいなと思います。

 障がい児をもつお母さんもいらっしゃり、「小山内さん、ヘルパーさんが来ないの。本当にこれから私、子供を置いて安心して死んで行けませんね。どうしたらいいのかしら」と言われました。私は、「もう陰でグチを言っている暇はありません。ヘルパーを集めるダイナミックなシステムを考えないと、私たちは生きていけません」と言うと、そのお母さんは私の手をぎゅっと握りしめ、涙ぐんでいました。「親が安心して死ねません」という言葉が、50年くらい前に母が言っていた言葉と同じでした。若い人たちに、どのようにヘルパーになっていただくか、外国人労働者の人たちに、どのようにケアを教えていくか、大切な私たちの課題です。

私は今こそ、ヘルパーの呼びかけをどのようにしたらよいか、見本を見せなければいけない時代だと思っています。毎日そのことで頭がいっぱいです。そのやり方が成功したなら、日本中に発信していかなければならないと思います。『やさしい手、来てください』というキャッチフレーズで、私は今こそ政治家になりたいです。でも間違って受かってしまうと、忙しさで命を削るかもしれません。でも人間はいつか死ぬのです。私の命を捨ててでもいいから、この現実を訴えていかなければなりません。志をもたなければ、ヘルパーは来ません。

みなさん、知恵を貸してください。人間の知恵は明るく優しく生きていくためにあるものです。いくらお金があっても、正しい方向に使わないと無駄になってしまう時があります。美しいお母さんの涙を忘れることなく、私は頭の回転を速くして、いろんな心をもった手を探さなければいけません。

 

いつも東京へ行ったときは1泊で帰ってきましたが、今回は少し遊ぶ時間があり、楽しい出張でした。次の日はボナール展に行きました。ボナールは94歳まで生きて、死ぬまで絵を描いたそうです。最後はココナッツの実がなる木を描いていて、地面を描くエネルギーがなくなり、甥っ子さんに描いてもらったそうです。その絵には感動しました。甥っ子さんの手を自分の手にして、指示したのでしょう。すばらしい芸術作品だと私は思いました。その絵ハガキは私にとって一生の宝物にします。

この続きはまた明日書きます。みんなが幸福で生きられることを祈りながら、歩きましょう。

浅野さんはいつも、人と人とを結びつけるパーティーをおこなおうとしています。そして若い方々が立ち上がり、障がい者たちが幸福になるように導いています。また来年も本を書くのでしょうか?貯金をして良い洋服を買っておかなければいけません。私も、障がい者の明るい恋愛の小説を書きたいと思っていますが、なかなか難しいですね。でもがんばって書きます。

天皇陛下からいただいた勲章と賞状です。勲章は本当の金銀でしょうか。高く売れるとよいのですがね。私も欲しいです。どのようにしたらいただけるのか、誰か教えてください(笑)。勲章をもらった方々には何人もお会いしていますが、私の手元にはまだきません。もっとがんばらなければいけないと思います。浅野さん、おめでとうございます。

浅野さんが選んだ5人の方々がご挨拶をしているところです。私も10分という時間をいただきましたが、浅野さんを語るのには10分では足りません。私はちょっと言語障害があるので、浅野さんに「ちょっと長くしてほしかったわね」と言うと、「あぁそうだったね。でも僕は小山内さんに言語障害があるということを忘れていましたよ。はっきりよくわかりましたよ?」とおっしゃってくださったので、何よりもの誉め言葉で心がほっこり温かくなりました。私が障がい者であることを忘れた、という方にたくさんお会いします。その言葉が私にとって最高のプレゼントだと思っています。