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こんな夜更けにケンカかよ

毎日耳に入る、映画『こんな夜更けにバナナかよ』のうわさで、バナナを食べて胸やけするような気持ちになってきています。とても良い映画には間違いないので、若い人たちがあの映画を見て、どれだけケアという仕事をしてみたくなるか、ということが結果としてどう出るのか、待とうと思います。あのような映画は5年に1回くらいは力を込めて作ってほしいと思います。障がい者としてユニークに生きている人たちが、たくさんいます。その人たちにスポットライトを当てることで、(あの人たちと一緒に生きたい)と感じる若者がいてほしいと思います。

鹿野さんは、生まれてきて天国に行っても、日本の福祉を良くするために働いているような気がします。障がい者が言いたいことを言って、やりたいことをやるということは、大切な文化だと思います。鹿野さん、生まれてきて良かったね。さぁ、これから第二の鹿野さんが何人出てくるかが楽しみです。

お正月は、勤務に入るヘルパーさんが見つからない日があり、息子に当直をしてもらいました。家族にケアをしてもらうことは当たり前と思われていますが、私はなるべく親や子供にケアを受けないで生きるために、ヘルパー制度にこだわってきました。でもたまには息子がケアするのも良いことです。久しぶりにケアをする息子の手は、ぎこちない手になっていました。立たせることもトイレに座らせることも、いつも来ているヘルパーさんより下手でした。「たまにはあなた、やらなきゃダメよ!小学生のときのあなたの手は、ケアが上手かったね」と私は言いました。(あぁ、そうかな…)と言うように、息子は黙って上を向いて考えていました。

おせち料理を食べすぎて、私は真夜中、大便をしたくなりました。(いやー!息子が来ている時にこんなことになるなんて、悲惨!)と思いましたが、とにかく出すものを出さないと眠れません。私をトイレに座らせた後も、息子は、私がトイレでひっくり返らないかと思い、廊下で立って待っていました。でも私は、ひっくり返らないためのテーブルを用意していたので、そうならない自信がありました。「お願いだから、ゆっくりトイレにいさせてよ!寝ててもいいわよ。終わったら呼ぶから」と言っても、なかなか息子は動きませんでした。

すると、私のおしりからいい音のおならが出ました。息子は「おならが出たから、もう便が出た証拠だ。もう寝よう」と言いました。「あなたのお腹と私のお腹は別腹なのよ!これからが勝負なのよ!お願いだから、ゆっくりトイレにいさせてよ!」と泣きそうになりながら、部屋中にとおる声で言ってしまった。(あぁ、やっぱり息子だったら、トイレもゆっくり入れないのか。やっぱり、いつも来ているヘルパーさんのほうがいい)と心から思いました。でも息子は、トイレの横にあるヘルパー用の部屋でやっと休んでくれて、私はゆっくりトイレに入ることができました。お腹がすっきりして「大地!終わったよ!」と言うと、すぐに起きてきてズボンを上げてくれて、ベッドに寝かせてくれました。最後に息子は「ごめん」と一言言いました。その言葉で私は救われました。本当に私はお腹がすっきりして、天国に行ったような気分になりました。

やはり、障がい者は大変です。身内のケアは、なんでも言われるから残酷な時もあります。でも考えてみると、ヘルパーさんも心の中では(めんどくさいな)と思っていて、その思いを言えないだけなのかもしれません。息子はその思いを私にぶつけてくれて、ケアをされる者とする者の怒りのぶつけあいができたことは、幸福なことです。とにかく息子のおかげで、お正月は楽に過ごせました。言いたいことを言い合いケンカできたことで、怒りが幸福感に変わっていきました。(ありがとう、息子よ。また、お願いね。夜中にケンカしないようにしようね)と思いました。

若い障がい者の皆さん、恋をして結婚して子供がいたほうがいいですよ。人間にとって本気でケンカできることが、本当の生きる学びですから。