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波音くんの疑問は、希望

42年間、私は札幌いちご会のリーダーをおこなってきて、何人の秘書を雇ってきたのだろうか。顔は浮かぶが記録はないので、正確な人数はわからない。最初は北大の女性の学生さんがよく来てくださり、秘書のように働いてくださった。一緒にスウェーデンにも行ってきた。それぞれみんな私の秘書だった人は、福祉関係の仕事に就いてくださっている。頼もしいことだ。

約10年前、悪性リンパがんにかかった時に秘書をおこなってくださっていた女性は、今も毎年お子さんを連れて遊びに来てくれる。今年もお正月に来てくれて、話の中から若いお母さんたちの情報がわかり、楽しく過ごした。私が勝手に1番目の孫と思っている、彼女の息子さんは「波音(なおと)くん」という。まつげが長くておしゃべりが好きで、かわいくて食べちゃいたいくらいである。波音くんと色々話していると、突然あらたまって「小山内さん、ぼく聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」と言った。「あぁ、波音くんから聞かれたことは何でも答えるよ」と私は言った。彼は最初、なにやら言いにくそうに体をもじもじさせていた。

「あのさぁ、ママはね、手も足も使えるママだけど、小山内さんから生まれた大地くんも、ママと同じでしょ?」と聞かれた。「あぁ、私に障がいがあるからかい?でも大地くんはママと同じだよ。色々な人がいるよね。私のように、生まれてくる時に障がいをもってしまう人もいるし、もたない人もいるんだよ。波音くんは元気がよくていいね」と言うと、波音くんはにっこり微笑み「わかった!」と言って、その話は終わった。波音くんはまだ5歳になったばかりである。5歳でそのような複雑なことを何気なく考えられるのかと思い、感動した。

子供は、本当はなんでもわかっているのかもしれない。そのようなことを聞こうとしても、親は「失礼だからダメ」と抑える人が多いだろう。波音くんのお母さんも、後からメールで「波音が失礼なことを言って、小山内さん、ごめんなさいね。子供ってしょうがないのよね」と書いてあったが、私は「違うよ。波音くんが率直な疑問を私にぶつけてくることは、真の教育じゃない?大切なことなんだよ。波音くんは一生、障がい者を差別しないよ。これからもたまに連れてきてね」と言うと、「小山内さんがそう言ってくださって、安心しました。子供の育て方は、子供を抑えないことよね。なんでも率直に疑問を聞くことよね」と返ってきた。

私は、これからも波音くんとたまに会って、なにか福祉の仕事をしてもらえないかと思っている。この子は感受性が豊かだから、なにかできると信じている。お正月から嬉しい希望がもてたような気がする。波音くん、ありがとうね。

 

オレンジ色の服を着たのが波音くんで、だっこしているのがママの祐未さんです。オレンジジュースとシュークリームを用意しておいたが、保育園と家では甘いものを食べさせないようにしているらしい。甘いオレンジジュースを急に吹き出し、「お茶か水がいい!」と言われた。「あらまぁ、じゃあ水ね」と急いで出すと、おいしそうに飲んでいた。シュークリームもあまりいけなかったらしく、せんべいが気に入ったようだった。来年はせんべいとウーロン茶でいいのかなと、とても楽しかった。

 悪性リンパがんにかかったのは10年前でしたか!! それで

 悪性リンパがんにかかったのは10年前でしたか!! それではもう大丈夫かなと安心しました。小山内さんが昔書かれた本はだいたい読み、それ以後の動向?も「札幌いちご会」のHPを通して時々拝見していたのですが、悪性リンパがんにかかられたというニュースを聞いてからは「どうされているのかな・・・」と時々気にはなりつつも、新しいニュースも手に入らず、今に至っていました。
 最近例のバナナから作者の渡辺一史さんにいき、今「なぜ人と人は支え合うのか」を読み終えたところです。小山内さんの名前もあり、久しぶりにネット検索をしたところ、このブログにたどり着きました。
 とにかくお元気だったのでとても嬉しく思いました。バナナの映画も、DVD化されたら見ようとは思っていましたが(!)、20億円分のチケットが目標のようですので、是非映画館へ行って見なきゃあと思い直しました。

 お体大切に・・・。

楽しく生きることが薬です。

 悪性リンパがんにかかりましたが、早期発見だったので大丈夫でしたよ。『今では、抗がん剤とリキソサンの点滴を打って、働きながら治している人もいる』と聞きました。ガンになっても好きなことをやって、笑って生きることが大切です。

 私は7か月入院していましたが、働くことより病院にいたほうが、いろんな人と接することができ、原稿のネタがあふれるほど生まれてきたので、楽しかったです。こんなことを言うと叱られますが…。

 最初のお医者さんからは、リンパがんを検査し「あと3年しか生きられない」と言われました。医学的にはそうであっても、私は人間の死は誰にも決められないと思っています。点滴がよく効き、一か月間くらいで体のリンパがんがほとんど無くなりました。CTを見た先生からは「こんな人はいない。あなたは本当に小山内さんですか?」と聞かれました。

 PETも1か月に1回写していました。保険がきいたので無料でしたが、1回10万円かかるものでした。体中のがんがすぐ見つかります。私はPETの見方もよくわかるようになりました。点滴も10年前は、リキソサン1本が30万円もしました。最初は1週間に1回やっていました。私はすごくお金をかけて生かさせていただいているのだと思い、(これで死んだら、保険を払ってくれる人に申し訳ない。絶対生き抜かないと)と思いました。

 病棟では、患者さんが集まりパーティーがおこなわれていました。楽しく生きることが大切です。辛く生きていると、病気がやってきます。私はやっと65歳になりました。世の中は腹の立つこともありますが、65年間生きてこられたのは、数えきれない人たちの力と愛とお金のおかげだと思っています。だからこれからも、十分楽しく生き、仕事もやれる日までやろうと思っています。

 お元気でいてくださいね。