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政治とはシーソーゲームです

 北海道・札幌市の選挙が終わった。私が応援していた人は議員になれなかったが、でもバッチをつけることだけが生きる仕事ではない。選挙で経験したことを、これからの人生に役立てればよいのだと思う。

 私はまだ選挙に出たことがなくて、選挙がどれだけ苦しいものかはわからないので、無責任なことは言えない。しかし、自分がやりたいことをできたのだから、嬉しいことじゃないでしょうか。選挙に受かった人も、落選した人も、一日休んで「さぁ明日からなにをしようか」と元気よく考えることが大切だと思う。

 私の住んでいる札幌市西区の市議会議員選挙は、無投票当選であった。活気がなく黙っていても議員になれることはおかしい。選挙に行った人の人数は多かったので、良かったと思う。しかし野党の人たちの元気がちょっとなさすぎる。今まで通りのことを言ってもダメなのである。「与党がこう言っているから」と、もっと具体的な方法論を言って訴えていかなければ、選挙は与党が増えていく一方である。障がい者や高齢者には予算がこなくなってしまう。

 私はこれから、もっと具体的な活動をおこないたいと思っている。また4年後、私は69歳である。でもお金があったなら選挙に出ようと思っている。夢をもって健康に生きることが大切だと思う。ヘルパーさんたちがニコニコ笑って働ける札幌市にしたいのである。

 障がい者の皆さん、選挙に行きましたか?私たちこそ選挙に行かなければいけない立場だと思います。選挙に行くと色々トラブルがあり、私もほとほと疲れています。(今度こそなにもないよな)と思って、はりきって行きましたが、なにかトラブルが起きます。障害者が選挙をするときのケアについてのマニュアルを作るように、選挙管理委員会に訴えていこうと思います。私たちが手も足も言葉も使えなくても、色々な工夫により安心して選挙に行ける環境をつくらなければいけません。「合理的配慮」と国は美しい言葉を言っていますが、どこか外に行くと壁にぶつかります。

 ちょっと最近の子供たちが気になります。スーパーで私の姿を見ると、じっと見つめられます。「なにがめずらしいの?」と聞きたいくらいです。でも、この子たちを責めるわけにはいきません。わたしたちのような、みにくいアヒルのような人を見たことがないからだと思います。障がい者こそ学校や保育園や幼稚園に行き、子供たちと一緒に遊んでくることこそ、仕事ではないでしょうか?障害のない人たちにはできない仕事が、あるはずです。障がい者だからこそ、ビジネスチャンスはあるのだということを、ヘルパー制度と同時に考えていかなければならないことだと思います。

 私はこのようなことを訴えたいからこそ、市議会議員選挙に出たかったのです。でも議員にならなくても、この仕事は自由にできます。心が生きる仕事をみんなで探しましょう。

 スウェーデンの議員は、選挙をやるたびに与党と野党が変わるそうです。だから国に緊張感があり、福祉制度が良くなっていったのだと思います。「選挙はシーソーゲームでなければいけない」と言われたことが忘れられません。