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育じいさんの物語

 最近、鼻水が出たり寒気がしたりするので、風邪薬を飲んでいる。今日はあまりにも寒いので、家で原稿を書くことにした。我が家は静かで日当たりが良い。原稿が書きやすいことを感じている。

 いちご会のテナントは寒くて、常に誰かが訪ねてきてくださるので嬉しいが、原稿に集中ができない。原稿を書く自分と、いちご会の理事長である自分と、半分ずつになればいいなと思う時がある。

 昨日は、新聞記者であった私と同じ年齢の男性(以下、Aさん)が、焼き肉をおごってくださった。Aさんは東大出であり、ずっと同じ新聞社で働いていた。23歳ごろから私の取材に来てくださり、それから知り合いになった方である。なにか困ったことがあったなら、相談にのってくださる人である。

 その方と私は同じ年齢なので、話も合う。25歳くらいの頃、Aさんに女の子が生まれた。「みっちゃん、たまには遊びに来ないかい?うちの妻はケアができるからね。おいで。」とおっしゃってくださった。私は「はぁ」と言って、新婚家庭をのぞくような気分で遊びに行った。奥様は大変ケアが上手かった。部屋の中で可愛い女の子が眠っていた。(うらやましいなぁ。私も子供が産めるかな。ダメかな。)と、その女の子をみつめていた。

 あれから何十年経っただろうか。その女の子は東京の大企業で働き結婚し、今Aさんには2人のお孫さんがいる。Aさんが東京のお孫さんのところへ行き、『育じいさん』をしばらくやっていた。奥様は東京のご両親のところへ行き、介護をしていた。2人で東京と札幌を行ったり来たりして、過ごしていた。(すごい人たちだな)と、私は感心するばかりであった。

 焼き肉を食べ終わり、別れるとき、「Aさんは、介護を受けるようになったら、どうするの?」と聞くと、Aさんは大きな声で笑って「みっちゃんがやってきた、自立生活だよ。」と言った。(あぁ、なるほどな。)と私は納得した。

 いろんな人のケアを受け、夫婦2人で助け合って生きていくのだろう。お子さんもたまには来てほしいですね。そのうち、お孫さんもちょっとおじいちゃんの手伝いをしてくれるかもしれません。社会は良く回っていることを感じました。

 東大出の記者さんに、私はなぜこんなに親切にされているのかなと不思議に思う時があります。Aさんが退職するとき、『あなたは私の手になれますか』という本をあげたはずなのに、また買ってくださった。「これは良い本だからね。人間が生きていくお手本が書いてあるからね。」と、おっしゃってくださった。

私は(あぁ、この本の中に、Aさんが共感することが書いてあるからこそ、私のような者と付き合ってくださるのだな。)と心にしみた。こんな友達がいることに、私は心から喜びを感じる。焼き肉も美味しかったが、会話も美味しかった。

 私はジャーナリストがお好きなのである。恋した男性はジャーナリストが多かったです。多かったというより、いちご会をやっていたおかげで、会う機会が多かったのでしょう。いちご会をやっていなければ、たくさんの恋をして結婚もできなかったでしょう。子供もいなかったでしょう。

 人間が生きる問題を、どんどん社会に発信していくと、共感する人が集まってくるのです。今はちょっと、それが弱くなりました。ケアを受けて生きている人、ヘルパーさん、一般の人たちが集まって、ケアを行う人をどうやって集めるかを話し合う会をつくりたいと、ひそかに考えています。生きているうちは常に前進です。

 

 いちご会の事務所にいると、突然の訪問客が多いです。先日は、市立星置中学校の先生がやってきてくださり、生徒さんたちが4年間にわたり書き損じはがきを集めてくださったとおっしゃって、私のひざにドンと置きました。足が痛くなるくらい、重いものでした。生徒さんたちの思いをすごく感じました。嬉しい行動ですね。機会があったなら、私が星置中学校へ行き、お礼に短いメッセージを伝えてこようかなと思います。

 みなさん本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。他の学校でもおこなってくださると、とても助かります。よろしくお願いいたします。この書き損じはがきの売り上げで、ケアについての会議ができそうです。