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「ありがとう」と言わなくてもいいんだよ。

 毎日(ブログを書きたい)と思うのだが、事務所にいろいろな方が来たり私がどこかへ出かけたりして、なかなかブログを書く時間がない。短い原稿で人の心を打つ言葉が書けたらいいなと思うが、まだまだ私にはその能力が足りない。書きたいことはたくさんあるのだが、私は毎日引っかかることがある。

 あるドキュメンタリー番組で、「障がいが重くなったら『ありがとう』と言えなくなる。だから私は死ぬ。」と話す女性が、スイスで安楽死をおこなう映像を流した。あまりに衝撃的な内容に、放送直後は世間がその番組を作ったテレビ局を責めたり、自殺した彼女を責めたりしていた。しかし毎日たくさんのニュースが流れて、彼女のことは忘れていってしまっている。

 私自身、「ありがとう」と言えなくなったら本当に困る。彼女の気持ちは、心が痛いほどよくわかる。でも(生きる方法はなかったのかな)と考えている。答えが出なくてイライラしていた。

 昨日の朝、23歳のヘルパーさんが歯を磨いてくださっていた時のこと。私は脳性マヒのせいで、緊張すると口が開けにくくなる。歯も磨きにくくなる。そこで「あ、あ、あ」と声を出すと、のどの筋肉が動き、口を開けやすくなる。「あ、あ、あ」と何度も言いながら、彼女が私の歯を磨きやすいようにとがんばった。すると彼女は「小山内さん、ありがとう。磨きやすいわ。ごめんなさいね。」と言ってくれた。その言葉が心に響いた。この会話こそが、障がい者が安心して生きる糧だと思った。

 口を真剣に開けた時、「ありがとう」と言ってくださる。私も「ありがとう」と言いたかったが、口に歯ブラシが入っていたのでなにも言えなかった。彼女ににっこり微笑んだ。お互いに「ありがとう」と言っていることがわかった。

 私はその瞬間、スイスで自殺した彼女のことを思い出した。(あなた、障がいが重くなっても大丈夫なのよ。互いに気持ちがあったなら、互いに「ありがとう」と言えるのよ。指をちょこちょこっと動かして「ありがとう」の合図にして伝えればよかったのよ。)と思った。

 自殺した彼女の骨は、スイスの川に流したという。私はスイスに行って、その川に向かって祈りたいと思った。祈らなきゃ、彼女の魂は救われないと思った。今でも「死にたい」と言ってスイスにたくさんの連絡がいっているだろう。一方で、生きたいと思っても死んでしまう人がいる。

 あの番組の関係者はどのような考えがあり、リアルに撮ったのかは私にはわからない。責める言葉も浮かばない。しかし番組の終わりで、自殺した女性の家族2人が、桜の木の下でお弁当を食べているシーンが流れた。あのシーンだけは許せない。ベッドで寝たまま、唇にくわえた棒でパソコンを操作して、働いている人もたくさんいる。そのようなシーンで終わらせてほしかった。

 障がいをもった人がいるから社会は変わるのだ。障がい者が生きているからこそ、障がいのない人が歳をとり障がいを持った時に、恩恵を受けるのだと思う。明日は我が身である。

 歯を磨いてもらいながら、私は(このことは書かなくていけない)と心の底から思った。皆さん、どんなに障がいが重くなっても、明日に希望をもち生きていきましょう。信頼できるヘルパーさんをみつけましょう。それが、私たちが生まれてきた証なのだと思う。

 

 カバは私。口が大きくて鼻の穴も大きい。最高に良い絵である。