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徹子さんの握手のパワー

 38年間、札幌いちご会と私を助けてくださっている黒柳徹子さんは、毎年私をお芝居に誘ってくださっており、今年も招待してくださった。しばらく行けていなかったので、(今年こそは行かないと徹子さんに私の顔を忘れられてしまう)と思い、行くことにした。

 カテーテルをしょって東京へ行けるかなと不安もあったが、妊娠8か月で東京での講演を頼まれた時のことを思い出した。「危ないから行けませんよ」と一度は断ったが、担当の先生が「大丈夫ですよ。東京へ行って大きなお腹を見せておいでよ。東京には優れたお医者さんがたくさんいるから大丈夫だよ。」と言ってくださり、その言葉に背中を押されて、私は行くことにした。

 悪性リンパ腫にかかった時も、1年後にはカザフスタンへ行ってきた。また医師に「先生、カザフスタンは遠いですよね。行っても大丈夫かしら?」と聞くと、「大丈夫大丈夫!小山内さんはね、好きなことをやったほうが元気が出るの。行っておいでよ。」とおっしゃってくださった。色々な薬を少しずつ出してくださった。先生たちは私の性格をよくご存知だった。

 それらのことを思い出し、カテーテルの管が引っかからないようにと、力持ちのヘルパーさんと秘書と3人で行ってきた。(飛行機に乗るとき椅子に引っかからないかな)などの心配があったが、2人の介助者はものすごく気をつかい、徹子さんの舞台まで連れて行ってくださった。(やった!ジメジメと考えているより、なにか動いたほうがいいんだ。)と思った。旅行の時はつねに介助者がいるので、いつもの生活より安心なこともわかった。

 徹子さんは『ラブレターズ』という朗読劇で、長い長いラブレターを俳優の高橋克典さんと2人で2時間半読み続けた。徹子さんは1回もお水を飲むことなく、のどから花びらが出てくるようなきれいな声で朗読していた。(いつも鍛えているのだろうな)と感心させられた。

 お芝居が終わり、楽屋に招いていただきお会いしてくださった。私からの手紙を読んでくださっていたので、「まぁまぁ、よく来てくださったわね。心配していたのよ。来られないと思っていたわ。」と、徹子さんは私の手をぐっと握りしめてくださった。私はその時、(本当に来て良かった)と思った。やっぱり思いついた時に行動してみることが生きるエネルギーになる、ということをあらためて知った。

 楽屋にはよくテレビで見る芸能人の方々がたくさんおり、私はおどろき口が閉まらなくなってしまった。一番おどろいたのは、なかにし礼さんが私の目の前にいたことだ。見た時は顔を思い出し(確かこの人、私が大好きな人だ!)と思ったが、とっさに名前が思い浮かばなかった。なかにし礼さんは、私の顔を見てにっこり微笑んでくださった。そしてすぐに去っていった。

 名前を思い出し、「なかにし礼さん!」と呼んでも、聞こえなかったらしい。車いすを左に動かそうとして足で踏んばってみたが、介助の人もなかにし礼さんを見てびっくりしたらしく、車いすは1ミリも動かなかった。

 (あーあ、一緒に写真を撮りたかったな)と思った。すると介助の人もなかにし礼さんのファンだったため、「小山内さん、なんですぐ声をかけなかったのよ。写真を撮りたかったわ。」と彼女は言った。「私もそうしたかったけど、あなたが車いすをがっちり押さえていたでしょう?だから左に向けなかったのよ。でも私も驚いて低い声しか出なかったものね。ごめんなさい。」と言うと、「いや私も悪かったわ。今回は徹子さんに会いに行ったんだもんね。それだけでも感謝です。」と言って、終わった。とにかく刺激的な夜であった。

 長いお芝居が終わると、とてものどが渇いた。おしっこを出さなきゃいけないと思い、残っていたコーヒーを一気飲みした。(コーヒーを飲むと眠れなくなるけれど、今日は疲れているから大丈夫だろう)と思っていた。ところが、コーヒーが効きすぎて朝方の4時まで眠れなかった。介助をしてくださる方も眠れなくて、なかにし礼さんの歌を一緒に歌い続けた。

 今回の東京行きで、カテーテルの旅にちょっと自信がついた。来年は国会に行って、れいわ新撰組の木村さんと舩後さんに会ってお話しをしたり、他の党も回って職場介助者の要望書を配りに行こうかと思っている。札幌からもこのような声があるということを、知らせたほうがよいと思うからだ。

 徹子さん、ステキなお芝居をありがとうございました。私は膀胱炎になり辛い日々を送っていましたが、東京へ行くとすっかり元気になりました。また新しいことを見つけ、原稿を書き続けなければいけない、ヘルパーさんをどのようにして見つけるのかを考えなくてはいけない、という勇気が生まれました。ありがとうございました。

 徹子さんがなぜあんなにも元気よくお仕事ができるのか。それは、好きな仕事をやっていてすばらしい人に囲まれているからだと思った。信じあえる人がそばにいたら、体も元気になれると思った。また海外にも行けるかもしれないと思った。でもやっぱり無理かな?

 人はつねに夢を持ち続けて、次の階段を上がろうとして生きなければいけない。たまに元気がなくて階段を踏みはずす時がある。でもまた立ち直れる。徹子さんは私が大きな病気をするたびに、たくさんの喜びを与えてくださった。札幌いちご会のためにコンサートを開いてくださった。スーッと思いを実現してくださる、すごい人だ。やっぱり、また少しがんばって長生きしようと思った。

 

 いちご通信11月号の表紙にさせていただきまーす!

 向かって左が秘書の林さんです。上に立っている人が、なかにし礼さんファンの海さんです。まだ若いのに、なかにし礼さんが作った歌はなんでも歌えます。カラオケに行きたいですね。皆さん、お声をかけてください。

 徹子さんのお洋服、すごいでしょ?私は何を着てもいつも負けますから、真っ赤な服を着て行きました。

 この続きはまた明日・・・。

小山内さん、おしゃれでおきれいですね。徹子さんとのお写真、

小山内さん、おしゃれでおきれいですね。徹子さんとのお写真、顔が輝いています。
妊娠中や病み上がりでも、小山内さんの行動力を支えてくれた先生方。素晴らしいですね。

つい最近、小学校の運動会で教え子に会いました。その子はもう10年以上前に私が作ったクラスの文集をわざわざ持ってきてくれていました。その子は支援級に在席していた子です。今は障がいを持っている人が働ける場所でお仕事しているようです。こうちゃんは「恥ずかしいんだけど、僕は障がいがあって、そういう場所で働いている」と言っていました。私は「恥ずかしいことじゃないんだよ。こうちゃんが毎日働きに行けて、続けることが出来るお仕事がやれてすごいじゃない」と言いました。

私にとって、すごくミラクルな出会いで。大きな感動でした。こうちゃんを一緒に見ていた先生も、お母さんも亡くなりました。なんだか2人が会わせてくれたような気がします。

10年以上前の小さなクラスの文集を大事にわざわざ持ってきてくれるようなピュアなこうちゃん。たくさんのことがスムーズに出来て、要領ばかり良い人には絶対に出来ないことだと思います。こんな感動も、こうちゃんだからこそ。

小山内さんに何を伝えたいのか、分からないままのコメントですが、こうちゃんとのエピソード伝えたくて。

きっと伝えたいことは、人間の輝きや素晴らしさは能力ではないということ。それぞれがそれぞれで精一杯生きることが人類の輝きになるのではないでしょうか。

自分事ばかりすみません。小山内さんの一歩一歩、応援しています。

素直に生きることが政治です。

ゆたりさんへ

長いコメント、ありがとうございました。とても嬉しかったです。

なかなかコメントをいただけないので、(私のブログおもしろくないのかな)と悩む時もあります。でも、いつも言っていますが、私のブログは脳トレですから、いつでも講演会や長い原稿を書くためのトレーニングとして書いています。

ゆたりさんのコメント、良かったです。人との出会いで人生観が変わってくるということですね。こうちゃんがゆたりさんに手紙を持ってきたこと、人生においてすばらしいことだと思います。そういう時こそ人間の愛があり、輝きに満ちているのだと思います。心を輝かせることは大切です。どんなに小さなことがあっても輝くことは大事です。

私は毎日心の輝きをみつけながら生きています。そしてブログに書いています。徹子さんのところに行けたことは本当に奇跡です。2人のヘルパーさんがいたからこそ行けたのだと思います。

次の夢は国会に行って、れいわ新選組の人たちと話し合うことです。そして各政党を回り、札幌からの意見として要望書を配ることかしらね。一緒に行きたいという人がいたなら手を挙げてください。自分で考えたことを、政治家の人に言っていくことがどんなに大切なことか、舩後さんと木村さんが教えてくださいました。

彼らは今、命がけで働いています。本当にかの二人は、車いすに寝たままで国会にいることで、体が痛くなったり苦しいでしょう。それでも仲間たちの生活を良くしたいからこそ政治家になったのです。自分だけが偉くなりたいと思っていないことがすばらしいです。このような政治家がたくさん生まれることが私の夢です。

苦しいことや社会の障がいという壁にぶつかることもなく戦っていない人が政治家になってはいけないと、私は思います。すべて代弁になってしまうからです。でも真剣に困った人の意見を聞き、政治を動かしていく人が一人でもいたら助かります。私ももう少し若ければ、政治家になりたかったのですがね。でもこのようなことを書くことが、小さな政治活動だと思っています。みんな素直に生きることが政治だと思います。

またコメントくださいね。お待ちしております。

返信ありがとうございます。

私も小山内さんのブログ、楽しみにしています。毎回コメントしたい気持ちもありますが、それもしつこいかな、ご負担かな、と思っていました。
今どきのSNS的なものであれば、きっと毎回イイネを押していたでしょう(笑)
あと、私は結構小心者なところもあるので、コメントするの、ちょっと身構えてしまうところもあります。

こうちゃんのことは、私にとってすごく感動的なことで、なぜか小山内さんに伝えたい気持ちが強くなりました。
返信、すごくうれしいです。

まだ小さい子どもがいるので、実現は難しいかもしれませんが、小山内さんが東京に来るときには、何かお手伝い出来ればしたいです。

私自身、「障がい」というものに関わりが深くなっていく人生を送るとは思いませんでした。

れいわ新選組の舩後さん、木村さんがヘルパーさんと共に国会で政治に携わる姿は、私の地元の成果主義の人たちにも衝撃を与えていました。

人それぞれ見えている景色は違うと思います。小山内さん、舩後さん、木村さん。私にとってはこうちゃんもですが、日々暮らしている中で見えてない、見えなくなっていた景色を教えてくれる方々なんじゃないかと勝手ですが思います。

成果主義、競争社会、出来る人にはおもしろさはあるかもしれませんがそれは危ういと私は思います。なぜなら一部の出来る人にしかスポットライトがあたらないから。いつまでも、成功し続けるとは限らないから。
人間はそれぞれの環境で、それぞれの輝きがあると思います。10年以上前の文集をわざわざ持ってくるなんて、こうちゃんにしか出来ないことでした。

私自身、迷いながら毎日過ごしていますが、自分の心がときめくことを頼りに、自分の人生をゆたかにしたいです。自分の道を切り開いていきたいです。

小山内さんとコメントでお話出来たこと、すごくうれしいです。人のつながり、人生、奇跡がたくさんありますね。

 小山内さんは→→なかなかコメントをいただけないので、(私

 小山内さんは→→なかなかコメントをいただけないので、(私のブログおもしろくないのかな)と悩む時もあります。→→と書かれましたが、そうではないのです。ブログは凄く面白いし、ほとんど毎日見ています。コメントを書きたくなる時も多いのですが、「公(おおやけ!)」になって誰でも読める形式なので、ついついしり込みしてしまうのです。個人的には私信みたいな形で小山内さんだけに読んでもらえればいいなと思うのですが、小山内さんはこういう形式が良いという意図があってのことなのでしょうね。
 以前、札幌いちご会の方へ問い合わせれば小山内さんの個人的なメールアドレスを教えていただけるようなことが書かれてありましたよね。相談事なら、そうしますがブログに対してのコメントなので、それもできず、上記のような気弱?な理由でブログを読むだけで終わっています。ブログ、面白くて楽しみにしていますから悩まないで続けて下さいね。
 それにしても小山内さんの行動力には本当に感心し尊敬します。車椅子で、カテーテル付けて、飛行機に乗って、東京行き!!ですものね。しかも車椅子のレクチャーもして来て!!
 カテーテルは膀胱炎になったからと書いてありましたが、それが治ればはずせるのでしょうか? はずせることを祈ってます。

トイレに行かないことがプライドでした。

あかねさんへ

たしかに、コメントは大勢の人が読みますから、誤解をしたりトラブルに巻き込まれる時がありますね。あまりコメントを書きたくない時は、いちご会のメールアドレスにお便りください。そうしたなら私は、いちご会のパソコンを通してあなたにお返事を書きます。どちらでもいいのですよ。

膀胱炎が治ったならカテーテルをはずせるか、というご質問ですか、今私はそれにすごく悩んでいます。医師からは「はずすか付けておくかは自分で決めなさい」と言われているからです。付けておくリスクも大きいです。はずしておくと楽ですが、1日中トイレのことを考えて行動しなければいけません。ヘルパーさんがいない時間もありますから、その時はなおさら考えます。どちらにするか決めなければいけませんが、どちらにしても大変な生活です。

私は若き日、トイレを我慢することがプライドでした。朝から晩までトイレに行かなくても過ごせる時があったからです。なるべくお茶を飲まないようにしていました。でも無理がかかり、たまに腎臓を壊し入院していました。それが祟ったのでしょうかね。でもやはり人間が手を使えないということは、お腹が空いてもガマンできますが、トイレだけはガマンできませんものね。子供の時にいた施設では職員たちが厳しくて、トイレを自分でできる子どもは水を飲んでもいい、できない子は控えたほうがいい、全員に少しずつ飲ませるべきだ、と職員たちの中で意見の食い違いがありました。(手が使えたならお水をいくら飲んでもいいのか)と私はその時、悲しくなりました。

カテーテルを見ていると、子供のときのことを思い出しますよ。友達が隠れて私に水を飲ませてくれていました。トイレも手伝ってくれていました。助け合って生きることが大事なのだということを、子供の時に習いました。だからこそ私は42年間、ホームヘルパー制度のことを訴えてきました。でも今は行政からのヘルパーの予算があっても、ヘルパーのなり手がいない、ということが大きな問題です。

もう私は66歳です。ずーっと希望をもち元気で生きられるように運動をしてきましたが、ほとほと疲れています。ヘルパーさんが、時が止まったように来ないのです。これからの高齢者や障がい者の人たちは、どのように生きたらいいのか考えなければいけません。だからこそ私はこういうブログをとおして、「小山内さん、なにか手伝えることはありませんか?」と声をかけてくださる人を待っているのです。だから講演会をやったり本を書いたり、別の講演会に行ったりしているのです。若き日は「男性を口説くのも仕事だよ」と言っていましたが、(今は男性も女性も口説かなくては生きていけないのよ)と思っています。

またコメントかお便りくださいね。