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明日に楽しみをみつける

北海道科学大学の診療放射線学科から講義の依頼があり、私は(放射線について何を講義できるかな)とちょっと迷ったが、よく私はレントゲン・CT・PETを受けているので、そのときの経験などを話せばよいと考えた。福祉の分野とは関係ないところから依頼がくることは嬉しいことである。医療に関わる人たちは病気のことはわかっているが、障がい者についてはわからない部分が多くあり困っている。あらゆる分野の医療者に障がい者の現状を教えることは、大変むずかしいことだ。たくさんの障がい者が4年に1回でもいいから、学生さんたちに自分たちが病院に行くとなにに困るかを話すことが、大切なのではないかと思う。

今は国会でれいわ新撰組の舩後さんと木村さんが、職場介助者の必要性について訴えている。職場介助者の定義は大変むずかしい。ただお金をもらっていれば仕事なのか、とも言いきれない。重度障がい者がニコニコ微笑みながら、ヘルパーさんと一緒に買い物や散歩に行ったりすることも仕事だと思う。その姿を地域の人たちが見て、(あのような人たちもこの地域で生きているんだ)と理解することが大切だ。そして、部屋のドアを開けるときには自然に手伝ってくださるようになる。高い所から物をとってくださるようになる。「こんにちは」と声をかけてくださるようになる。このことこそが、障がい者の労働ではないだろうか。生きることにチャレンジすることが、労働だと思う。

私が何回も入院して思うことは、医療の現場で働く人たちは様々な個性があり、教科書で習ったことしかおこなわない人もいる。私が入院していた時のこと、体位交換をやろうと2人の看護師が来た際、「ねぇ、この人、体位交換どうやったらいいのかしらね。困ったね。」と語り合っていた。私はビックリして目が覚めた。「あの、私、ゆっくり教えますから大丈夫ですよ。」と言い、寝返りのやり方を教えてあげた。

医者たちも病気を治すことはできるが、障がい者の特徴がわからない人も多い。脳性マヒについてまったくわからない人がいる、と言っても過言ではない。体の関節が曲がり固まってしまっている人は、CTやレントゲンがものすごく撮りにくい。無理やり押さえられて骨を折ってしまい、亡くなった人もいる。医療のプロはすべて勉強していると思い込んでしまい、「どうしたらいいですか?どのようにしたら楽ですか?」と問いかける言葉をあまり聞かない。医療職の人たちはつねに、患者さんについては『わからない』というところから出発して、自分の経験を話すことが大切だろう。そして相手の意見もよく聞くことが大切だ。

障がい者に対する医療ミスが多い為、去年から重度障がい者が入院した際もヘルパーをつけられるようになった。しかし私が去年入院した際、病院にこの制度について話すと、「そんな制度はない」と答えた。入院中も重度障がい者にヘルパーがついても良いという知らせが、行政から全国中の病院へ周知されていないようだった。日本中の各都道府県から病院に、正しく知らせなければいけないと思う。

北海道科学大学の3年生の学生さんたちに、「明日に楽しみを見つけることが、勉強するための秘訣です」と私は語った。生きる先に自分から楽しみを見つけていかないと、なんのために生きているかわからなくなり、心の病気になってしまう時もある。私は仕事がつらくて心の病気になったことがある。そんな時は、(明日映画を観に行こうかな。明後日はアイスクリームを食べようかな。その次は気の合う人と会おうかな。)と計画を立てる。そういう楽しいことを考えると、仕事に意欲が出てくる。今の学生さんたちにも、そういうことが言えるのではないだろうか。学生さんたちの中には、「明日なにをしていいのかわからない」と言う人もいた。

私が講義をしている最中、横にいる秘書の林さんがパソコンを打ち、私の言葉を文字にして打ち出してくださる。あまりにも早いので、先生は「すごいなぁ」と褒めてくださった。学生さんたちにも、このような仕事があるということが理解されて良かったと思う。障がい者のケアは生活するケアだけでなく、仕事のケアとしてパソコンを打つというものがある、ということをわかってくださったと思う。私の言う事に深くうなずきながら、50人の学生さん達は真剣に耳を傾けてくださった。(この人たちはきっと、すぐれた放射線技師になれる)と思った。

今回の講義で、(どんな学部でも私はこのような講義ができる)と自信がもてて、感謝の気持ちでいっぱいであった。「また来年、先生呼んでくださいね!」と私は頼んでおいた。

日々、私の言語障がいは強くなってきているが、パソコンを打ってくださる人がいるかぎり、私は働けると思った。話を聞いてくださった学生さんたち、ありがとうございました。時間があったなら、札幌いちご会に遊びにきてくださいね。生きる先に楽しみを一緒に見つけていきましょう。

スクリーンに文字が出ています。左側のほうに林さんがいて打っています。私は小さくて見えません(笑)。でも真剣にスクリーンを読んでいる学生さんの後ろ姿はわかっていただけると思います。

脳性マヒは年々障がいが重くなってきます。それを受け入れることが大変になってきます。言語障がいは自分ではちゃんと話せていても、相手には伝わっていないことがあります。何回も聞き返してくださる人はありがたいのですが、わかったふりをされると困ります。自分の障がいの重さを考えて、パソコンを打ってもらうことを決心しました。私はこれからの人生、色々なことを決心しなければいけない、おばあちゃん生活を送らなければいけません。でも、ばあちゃんになっても楽しい生活はあるはずです。

パワフル

東京行きから間もなく、地元での講義。
小山内さんのパワフルさ、目が覚めるようです。

見習わなきゃ、と自然とパワーをもらえました。
ありがとうございます。

最近、なんだかぐったりしていました。今日はかなりの時間、睡眠をとりました。不思議な夢を見ていましたが、最後に亡き母に会いました。その印象が強く、目が覚めました。母は何を言いたかったのだろう。何か伝えたいことがあるから夢に出てきたようにも思います。

母は59才で急逝しました。母親が亡くなるなんて初めての経験だし、急だったので、母がいた世界といなくなった世界はまるで違っているようで。大きな線が引かれたような気がしています。

母が亡くなり、遺された私たちは亡くなった人の分まで、精一杯生きないと、と強く思うようになりました。何が出来るのかは分からないけれど、やれることを私らしくやっていく。自分の人生を精一杯、輝かせることが、一番の供養かもしれない。

小山内さんのチャレンジに触れられ、うれしいです。
出会えた学生さんたち、幸せですね。

ありがとうございます。

「今を生きる」ということ。
「今日一日」を精一杯生きるということ。

「いま」を大切にすることで、明日が、未来が開けてくるのかもしれませんね。

いつもありがとうございます。