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わからない自分がいる

 ヘルパー制度ができてヘルパー時間が支給されたが、その時間数は私が生きていくためには足りないものだった。毎年毎年、札幌市と西区役所に行き、増やすようにお願いしてきた。お願いといっても、そんな上品なものじゃない。時には障がい者女性のヤクザのようにならなければいけない時もあった。その戦いが20年間続いた。

 今年も同じ答えだろうなと思って、すべて諦めていた。少し休憩して来年の戦いの作戦を考えようとしていた。そんな時、「時間数を増やしてあげますよ」という返事があり、私は「はぁ。そうですか。何時間増えたのですか?」と他人事のように喜びさえ湧かなかったのである。なぜ自分が戦ってきたことに成功して喜べないのか。このブログを書いているときもわからない。西区の障がい福祉課の人たちは、本当にがんばってくださった。

 ヘルパーの時間数が足りなかったので、朝と夜、30分か1時間空けざるを得なかった。どんなに眠くても、寝てしまうと環境制御装置を使って部屋の鍵を開けることができなかったので、眠ることは絶対にいけなかった。けれど疲れてしまい寝てしまうこともあった。寝ぼけながら目が覚めても、瞬間に環境制御装置の使い方を忘れてしまい、脂汗をかいていた。(あぁ、1月からはバトンタッチ方式でヘルパーさんに来て頂けるので、安心して眠れる!)と思うと、やはり20年間の戦いは無駄ではなかったと思えてきた。

 いちご会の事業所の職員が「小山内さん、良かったですね!みんな時間数が足りなくて困っているんです。どうやって増えたのか教えてください。」と言ってきたので、私はちょっと腹が立った。なぜ腹が立ったのか、自分でもわからない。20年間の戦いはひと口では言えなかったからである。(あなた、お酒を持って一日私の家に来てください。そうすれば教えられます。)と言いたかった。でもそれは私の傲慢だと思う。

 この20年間の戦いを若い障がい者たちにどう伝えようかと考えると、また20年間かかりそうな気がする。私はもう生きていられるかな?と考えてしまうが、でも自分の幸福を多くの障がい者に伝えていくのが私の仕事だ。時には天使になり、時にはオオカミのように暴れることが、運動の理念である。ちょっとの間、天使の心でいさせてください。次の戦いとして、多目的トイレを変えていく運動をしていかなければなりません。

 

 2020年1月1日から、ゆっくり眠れるなぁ。嬉しい!!