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少しの優しさと工夫があれば・・・

 最近の札幌は雪があまり降らないので、「雪かきしなくて楽だねぇ」と言っている人もいた。だが農家では、雪国ならではの『雪の下キャベツ』『雪の下大根』など、雪を使って甘くしている。あまり雪が降らないと土が乾いて作物がなりにくくなるという。私は8歳まで和寒という小さな町にいて、父が「大雪は大変だけど、農家にとっては大切なものなんだよ」というようなことを教えてくれた。札幌に来て家が埋まるほど大雪が降った時もあり、家の玄関から出られなくなったので、2階の窓から雪の階段をつくり外に出たことを覚えている。

 最近は自然現象が変わり、スーパーの食べ物、特に魚介類が値上がりしている。私の好きなホタテなどは手が届かなくなってきている。また、どこかのアパートの階段に熊が出たそうだ。(また食べ物を探しにしたのだろうか)と思ったが、「雪が少ないので冬眠できないからだ」とニュースで解説していた。(いやぁ、熊も大変な生活を送っているのだな)と私は心が痛くなってきた。これらのことは全て温暖化現象の影響だろうか?温暖化ではないと言い切っている人もいるが、66年間生きてきた私にはなにか大きなものが変わってきているような気がする。

 若い人たちや子供が夢をもって生きられる地球にしていかないと、なんのために生まれてきたかわからない。踊って笑って夢を語り合って生きていくのが、人間にとっての喜びである。空気も水も新鮮な食べ物も、お金だけでは買えない貴重なものだと、私は最近つねに思っている。携帯電話ばかり握りしめてゲームを楽しんでいる人達がいるが、もっとなにかやることがあるはずだ。でもそれは手が使えない私の、携帯電話を使えない嫉妬なのかもしれない。

 生きていく先につねに夢や理想を描かなければならない。生きていて良かったなと思って、私は息を引き取りたい。でもそのためには、障がい者が笑い合って生きる場を、小さくてもいいからもう一個作らなくてはいけないと思っている。障がい者だけでなく老人も子供も気軽に来られる、笑い合い語り合える場所を作らなければならない。リハビリとジムをミックスしたような場所を作りたいと考えている。そのためには多くの人たちのアイディアと力が必要だ。共に考えてくださる人を募集しています。

 最近私はケアを受けながら、ある言葉が浮かんだ。「人は少しの優しさと工夫で生きられる」という言葉だ。少しの優しさ、というのがミソである。あまり優しくしてしまうと、優しくされた側がすべて依存してしまうからである。そしてケアにはつねに工夫が必要だ。私は障がいが重くなってきているので、ヘルパーさん達は日々いろいろな工夫をしてくださっている。この言葉は脳から生まれた言葉ではない。肌で感じた言葉である。

 こういう言葉を大切にして、札幌いちご会は今年も進んでいかなくてはいけないと思っている。若い20歳代のヘルパーさんが3人も来てくださるので奇跡だ。「障がい者に接するとき、少しの優しさと工夫を大切にしてください」と話そうと思う。

 

※1週間ほど前から、コメント欄に英文字や数字が混じったものが連続して投稿されており、いただいたコメントを確認することが難しい状況にあります。現在、解決方法を探しております。ご了承ください。

ありがとうございます。

小山内さんのおっしゃる通りかと思われます。
人のため、相手のためと思い、
やり過ぎてしまう傾向が強くなることにも注意ですね。
いつもありがとうございます。