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帝王切開の傷から涙が…

 大病院の色々な科を回って歩いていると、様々な医師や看護師たちに出会う。最近はお腹が痛いので、お腹を見せることが多くあり、看護師さんたちは私のへその下の傷を見つけ、「この切った痕はなんですか?」と何度も聞いてきた。私は自慢げに「帝王切開の痕です。私には子供が一人いるんです。」と言うと、医師も看護師も「あ!そうだったんですか!」と驚きの表情を浮かべる。私のお腹の傷は、勲章のようなものだ。

 私のような障害の重い者が出産するなんて、まだまだ医療関係者の多くは知らない。子供がいると聞くと、ほんのちょっとだけ敬語を使って話しかけるようになる。悲しい勲章だ。

 そういうことを考えている時、旧優生保護法の裁判の判決が下り、「法律は違憲だった」とするも、「国が違憲に対して保証する必要はない」「手術から20年の『除斥(じょせき)期間』を過ぎて、損害賠償を請求する権利が消滅した」と判断し、国が和解金として320万円を支払うこととなった。しかし、まったく納得がいかない。

 私は優生保護法という法律を知らないまま、子供を産んだ。誰も教えてくれなかったから良かったのかもしれない。私の息子は34歳になる。「20年経ったから」というのは言い訳でしかない。親や施設の職員に「子供を産んではいけない」と言われていた人もいた。

 障がい者たちは20年間、法律を伝えられることもなく、発言する環境もなかったのだ。私のお腹の傷の勲章から、涙が出てくるようだ。

 アウシュビッツで障がい者が医学実験として、生きたまま体を切り刻まれて殺された。そのことにより、今の医学があるという。やはり障がい者は、もっと泣いて叫ばなければいけない。沈黙の中にいると、今度はどんな法律がつくられるかわからない。

 34年前、私は足で息子を抱きあやしていた。どんなに障害が重くても、社会の理解と本人の勇気さえあれば、この幸せはつかめたはずだ。旧優生保護法を知っていたなら、この息子はこの世にいなかったのかもしれない。真実とはなんなのか。裁判に勝たなければ、私たちは父にも母にもなれないのである。

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