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講演会「映画『こんな夜更けにバナナかよ』は、どのようにして作られたのか?」

 

講演会「大泉洋主演映画『こんな夜更けにバナナかよ』は、どのようにして作られたのか?」ポスター 

講演会「大泉洋主演映画『こんな夜更けにバナナかよ』は、どのようにして作られたのか?」参加申込書

 

2018年11月11日(日)に、札幌市西区民センター3階の区民ホールにて、

大泉洋さん主演の映画『こんな夜更けにバナナかよ ~愛しき実話~』の監督である前田哲さんをお呼びし、講演会をおこないます!!

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真っ青な空に白い月

 地震が終わり、静けさが戻るかなと期待していました。少しの間、忙しすぎました。私の家には一日4人のヘルパーさんが来るので、4人の人が地震の話をします。疲れて帰ってきたとき、ヘルパーさんが「地震が怖かったね」と話そうとしたとき、私はカッときて「もう地震のことはやめて、黙ってて!」と言ってしまいました。ヘルパーさんはびっくりして、息を止めるような顔をしていました。(言わなきゃ良かったかな)と思いましたが、あのときはたぶん私の精神状態が少しまいっていたのだと思います。それからヘルパーさんと私は、黙ってご飯を食べて、お風呂に入れていただき、ストレッチ体操をしていただき、寝ました。夢の中でも、原稿を書いたり、秘書に「これをやって」「さぁどこかへ行きましょう」と指示をしたりなど、仕事をしています。朝、目が覚めても息切れしているようです。 >>続きを読む

北海道胆振東部地震に残された宿題

 9月6日の午前3時ごろ、北海道胆振東部地震が起こりました。発生直後、当直のヘルパーさんが暗闇から現れて、ベッドに寝ている私を身体中を使って押さえてくださいました。何秒間かは(この地震、何度くらいかな?このマンションが崩れたらどうしよう)と考えましたが、徐々に揺れが緩やかになっていったので、(この地震は震度4か5かもしれない)と思いました。ヘルパーさんの身体は少し震えていました。私は「大丈夫大丈夫!そのうち止まるから、安心しましょう」と自分に言い聞かせるように言っていました。震える身体で私を助けようとしているヘルパーさんに感謝しました。

 地震が止まってすぐに、玄関のドアを開けておくことと、お風呂に水を入れておくことをヘルパーさんに頼みました。これは昔、母から習っていたからです。

 停電がいちばん大変でした。私も2日間停電で、夜が来るとちょっとイライラしていました。また、エレベーターが動かないので、どこにも行けませんでした。階段は車椅子で降りられる幅があるので、近いうちに警察と消防に電話をかけ、階段の上がり下りをやってみようと思います。そのようなことをやらないと、おんぶできない障がい者もいるので、シュミレーションは大切だと思います。警察と消防がどういうことを言ってくるかは、わかりませんが、何事もやってみなければ、わかりません。 >>続きを読む

あきれかえってしまった

 最近は毎日のように、障がい者雇用水増し問題が新聞を賑わせている。私はそれを知ったとき、(もう腹を立ててもしょうがない。時間がたてば皆忘れて同じことを繰り返すのだろう)と、心から冷たい血が流れてくるようであった。

 障がいがあっても働きたいと、私は常に考えてきた。学生の時、(大人になったら、なにかで働いて食べていかなければいけない)と思い、両親に頼んでカルチャースクールに通った。絵や習字や生け花、洋裁や編み物、と色々なところへ行って自分になにができるかを試してみた。中途半端にはできるが、周りの人たちから「足でよく描くね、えらいね。上手だわ」と言われても、私はやはり(足を使ってやるから褒められているだけなんだ。これではお金はもらえない)と思った。 >>続きを読む

誰でも働ける

 お盆の終わり、息子夫婦とお墓参りに行き、その後はお嫁さんの誕生日パーティーをおこなった。5月は息子の誕生日、6月は私の誕生日、8月はお嫁さんと続き、なにかかにか会う機会を見つけることができ楽しい思いだった。でも9月からはしばらく何もないので、息子に「来てくれ」とはなかなか言えなくなってしまう。息子夫婦は理学療法士と看護師で、忙しい毎日を送っている。(もうあまり声をかけられないな)と一人の自分がささやいている。しかし、これから寂しがっている暇はない。いちご通信の制作と、11月には大きな講演会を2つおこなわなくてはならない。頭が回りにくくなり、秘書の手は4本必要なくらいになってしまう。 >>続きを読む

ティッシュペーパーは生きるエネルギー

 65歳になると、なにやら色々な書類がやってきて、毎日頭が混乱している。難しい書類を見て、(一般の高齢者の人たちは、この書類に正しく書けるのだろうか)と思うこともある。私の場合は、秘書がいて色々アドバイスしてくれるので書類が書ける。

 あるスーパーでは1週間に1回、65歳以上の人は会計の後にティッシュペーパーを1箱もらえると聞いていたので、はりきっていた。しかしその曜日にはなかなかぶつからなくて、(あぁ私は一生ティッシュペーパーをもらえることはできないのだな)と残念に思っていた。歳をとっていくことは、非常に寂しいことであるが、ティッシュペーパー1箱もらって喜ばないと、生きている価値はないと思う。小さなことでも喜びを見つけなければ、日々なんのために生きているのかわからなくなってしまう。

 買い物の会計が終わりそうなとき、秘書はこっそりと「小山内さん、今日はティッシュをもらえる曜日みたいですよ」と、案内が書いてある紙を指さした。私は嬉しくなり、やっと夢が叶ったような気がした。でも心の奥底で(あぁ65歳か)と悲しみもやってくる。 >>続きを読む

はじめまして、大泉洋さん

 今日は久しぶりに恵みの雨である。札幌は3週間くらい雨が降っていなかっただろうか。畑が心配であった。でも、雨が降りすぎないようにとも思う。日本に来ている台風も、今まで見たことのない動きである。大丈夫かなぁ。水害で流された人たちを「かわいそうに」と他人事のようには思えない。札幌もいつ川が氾濫するか、わからないからである。

 温暖化で暑くて眠れない日がある。あちこち体中がかゆくなり、ヘルパーさんに汗を拭いていただく。(あまり言うと疲れちゃうかな)と少し遠慮の気持ちがわく。でもあまり我慢すると、おでこの傷のように長引いてガンになることを知り、(我慢しないほうがいいんだ)と自分に言い聞かせる。 >>続きを読む

探しものはなんですか~見つけにくいものですか~♪

    昨日8月6日、『重度障がい者に必要な在宅介護のあり方検討会』の第2回目の会合がありました。とても重要な検討会でありますが、来年の3月までに『非定型をどのようにして取り入れるか』を決めなくてはいけなく、札幌市障がい福祉課の人たちも急いでいるようですが、書類を読むことにずいぶん時間をとられたような気がしました。竹田保さんが、「介護の非定型だけではなく、定型から見直さなければいけない」とがんばっていましたが、なかなかそれに辿り着けませんでした。

    札幌市がパーソナルアシスタント制度を作ってから、10年がたちます。私は41年間運動をしてきていますので、制度を変えていくということは非常に長い年月がかかり、辿り着いた頃には自分の障がいが重くなっていて制度が合わなくなっていることを、幾度か経験しました。今の制度ではなく、10~20年後の制度を訴えておかないと、生きている重度の障がい者が安心して生きられないことを、障がいが重い人はわかっています。すごく急いでいる気持ちはわかりますが、なにか大きな落とし物はないかを私は探しています。 >>続きを読む

「もう聞きたいことはないですか?」

 ブログを書きたいなぁと思っていても、生活や仕事の中でなにかかにかが起きるので、頭の中で原稿がまとまらない時がある。

 私は札幌市豊平区から西区に引っ越してきて、18年経とうとしている。息子は高校を卒業しようとしていた時だったと思う。母と息子と私とヘルパーさんが眠る部屋と考えて、4LDKのマンションを買った。私はローンをして物を買うのはあまり好きじゃない。お金が貯まるまで、まず待ってから買うことにしている。生活保護を受けていて突然、社会福祉法人の施設長になったので、公営住宅は受けられなくなった。思い切って住み心地の良いマンションを買った。とても広い窓があり、母は「あなたやっと親孝行してくれたね」と窓の前で手を大きく広げて喜んでくれた。あんなに嬉しそうな母の表情はめずらしかった。

 今私の家では、電化製品が壊れ続けている。あまりにもいろいろな物が壊れるので、今度はなにかとビクビクしている。昔の電化製品は電気屋さんが来て直してくださったが、今の電化製品は「もう部品がない」と言われ、買い換えなくてはいけない。社会のお金が回るようになっているのか、電化製品屋さんの作戦なのかはわからないが、なんでも修理をして大切に電化製品を使っていた時代が懐かしい。 >>続きを読む